2012年12月31日月曜日

レ・ミゼラブル

(Les Miserables)

 世界で最も短い手紙のやり取りは、文豪ヴィクトル・ユゴーと担当編集者との間で交わされた手紙であるそうです。新作『レ・ミゼラブル』の売れ行きが心配な文豪が、ただ一言「 ? 」と書いた手紙を送ると、担当者からの返事は「 ! 」であったそうな。
 「売れてる?」
 「大ヒットです!」
 トム・フーパーが監督したこのミュージカル映画版『レ・ミゼラブル』について、まだ観ておらず「 ? 」な方には、「 !!! 」くらいであると申し上げたい。さっさと劇場へ行きましょう。DVD化されるまで待とうなんてのは、不埒な考えですよ。

 しかしフランス文学史上屈指の名作であると云われておるものの、まともにこの原作小説を読んだのかと問われると、甚だ苦しい。えーと。その昔、小学校高学年頃の夏休みの読書感想文に『ああ、無情』を読んだ──強制的に読まされた──ような、記憶が……うーむ。感想文も書いた筈ですが、もはや何と書いたのか思い出せないデス(汗)。
 「ジャン・バルジャンがとてもかわいそうでした」くらいは書いたのだろうか……。
 世界名作文学全集かナニかの一冊で、持ち運ぶのもイヤになるくらい重たい本だったことばかり記憶に残っております。内容もかなり忘れてしまったし。

 最近じゃ、『ああ、無情』とは云わないらしいとは、ミュージカル化された舞台劇が世界各国でロングランに次ぐロングランを記録していた頃になって知りました。日本でも帝国劇場で上演しておりましたね(八〇年代でしたねえ)。
 そっちの方は観たことは無いものの、ジャン・バルジャンが鹿賀丈史だったことは覚えております。滝田栄とダブルキャストでした。
 余談ですが、その昔、アニメ好きの友人と「出崎統監督・杉野昭夫作画監督で『レ・ミゼラブル』を製作してもらえぬものか」などとバカ話に興じたことを思い出します。杉野昭夫氏の描くジャベール警視が観たかった……。
 ちなみに実際にTVアニメ化された世界名作劇場シリーズの『レ・ミゼラブル 少女コゼット』は完全にスルーしております(BS放送だったし)。名塚佳織がコゼットだった、と云うことしか知りません(ちょっと観たかったかな)。

 それから、今までにも『レ・ミゼラブル』は何度か映画化されてきたことも存じておりましたが、イマイチ食指が動きませんでした。
 昔、ジャン・ギャバンがジャン・バルジャンを演じた『レ・ミゼラブル』(1957年)をTV放映時に観た記憶がありますが、正直言ってかなり退屈でした。なんか大河ドラマの総集編を観ているようでして。
 その後、ジャン=ポール・ベルモンドや、リーアム・ニーソンがジャン・バルジャンを演じたものもありましたが、どうにも観ようという気にならず……。今にして思えばナンカ勿体ない。監督はかたやクロード・ルルーシュ、こなたビレ・アウグストと、どちらも名匠であったのに。観ておけば良かったなぁ。
 特に、ビレ・アウグスト監督版『レ・ミゼラブル』(1998年)は、リーアム・ニーソンがジャン・バルジャン、ジャベール警視はジェフリー・ラッシュ、ファンテーヌはユマ・サーマンだったので尚のことデス。

 それで、ミュージカル化された舞台の方はナニやら大ヒットしているが、こっちは面白いのかしらなどと考えながらも(トニー賞八部門独占しまくりの傑作に対して失礼な)、決して観劇に行こうとは思わなかったワケですが、これがそっくりそのまま映画化されたとなれば話は別デス。
 大体、私は『オペラ座の怪人』(2004年)も似たような流れで、映画化されるまで詳細は知らないままでしたし。

 さて、本作の監督は『英国王のスピーチ』(2010年)のトム・フーパー。これだけでちょっとイイカモと思えてしまいます。『英国王のスピーチ』は私も大好きです。
 その上、豪華出演陣が、ヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウ、アン・ハサウェイ、アマンダ・サイフリッド、ヘレン・ボナム=カーター、サシャ・バロン・コーエンとな。
 最初に映画化の速報を聞いたときは、ジャン・ギャバンのイメージが濃厚だったので、私の脳内ではラッセル・クロウがジャン・バルジャンだったり、アン・ハサウェイ好きの為にコゼット役はアンだったりしました(それでも良かったような……)。でもその場合、ファンテーヌ役はヘレン・ボナム=カーターか。随分と個性的なファンテーヌじゃのう──などと云うアホな妄想はさておき。

 感動のストーリーはもはや解説不要でしょう。私の中の、ジャン・ギャバンのイメージも本作で完全に払拭できました。良かった良かった。
 特に「長くて退屈な大河ドラマ」的印象だったストーリーを、短くバッサリ切り詰めてくれたスピード展開は非常に有り難かったです。原作小説に準拠したドラマ化の方が正統なのでしょうが、私にはどうにも冗長に感じられてしまいます。
 普通なら、仮釈放後に行方をくらませたジャン・バルジャンが、突然、市長になって登場したり、パリ市内に潜伏したときには少女だったコゼットが、いきなりアマンダ・サイフリッドに成長していたりする展開はかなり端折っているように見受けられるものですが、本作に於いてはそれでヨシ。
 端折っていても、ミュージカルですから歌曲に相当な時間を取られて、それでも一五八分もあります。でも長いとか、退屈とか、そんな感覚はまったくありません。

 尺を切り詰め、展開を圧縮している所為か、本作では登場人物はほぼ常に歌っているような状態です。ブロードウェイ・ミュージカルの完全映画化と云う触れ込み通りなら、舞台の方もこんな調子だったのでしょうか。完全にオペラ調の演出です。
 普通に喋りながら、ドラマの合間に歌曲が入るのではなく、ほぼ全ての台詞に節を付けて喋っているような感じデス。
 その一方で、映画ならではのカメラワークもなかなか印象的で、トム・フーパー監督が故意に「どうです、舞台とは違うでしょう」とアピールしているように思えます。
 特に冒頭の、悪天候の中で帆船をドックに入れようと囚人達に曳かせているシーンのカメラワークはダイナミックです。他にも、絶壁の上から破いた令状を風に吹き散らす場面や、パリ市街を俯瞰で眺めたりする場面も、舞台劇とはひと味違う開放的なカメラワークでした。
 またラストシーンの超巨大バリケードに登った市民達が「民衆の歌」を歌う力強いシーンも圧巻でした。

 ミュージカルのナンバーとしては、やはり「囚人の歌」、「夢やぶれて」、「幼いコゼット」、「宿屋の主人の歌」、「民衆の歌」あたりが印象的でした。
 特に「夢やぶれて」を歌うアン・ハサウェイがいいです。実に薄幸で悲惨な境遇。撮影に際して、アン・ハサウェイはかなり無茶なダイエットもやったそうですが、メイクなしでも非常に不健康でやせ衰えているように思われました。
 今までまともにミュージカル版『レ・ミゼラブル』を観ていなかったので、「夢やぶれて」のメロディを聴くと、アニメ『秘密結社 鷹の爪』の劇場版第三弾の主題歌──スーザン・ボイルのカバーした「夢やぶれて」──が思い起こされてしまう私でしたが、これからはアン・ハサウェイの声に切り替えます(いや、スーザン・ボイルのカバー曲も好きなんですけど)。
 アンのみならず、演じる俳優が全員、吹き替え無しで歌っているというのもいいですね。歌うヒュー・ジャックマンや、ラッセル・クロウというのも新鮮です。

 ただ、ジャン・バルジャンが怪力の持ち主である設定なのに、ヒュー・ジャックマンだとどうしても、ちょっと線が細く感じられてしまいます。頑張ってヒゲを伸ばしてワイルドな風貌になっていますが。それを云うと、リーアム・ニーソンのジャン・バルジャンも細いか。
 そこだけなら、ラッセル・クロウの方がマッチョで、馬車を持ち上げたりするにはピッタリなイメージなのですが。

 それから当然ですが、少女時代のコゼット(イザベル・アレン)が超絶可愛らしい。
 成長してからはアマンダ・サイフリッドになって、そちらも美しいし、アマンダは私の好きな女優なので文句も無いのですが、ドラマ上は成長してからはコゼットよりもエポニーヌの方が「いい女」のように描写されるのが、仕方ないとは云え残念です。
 いや、アマンダには申し訳ないが、エポニーヌ(サマンサ・バークス)への感情移入度の方が高くなってしまいました。とてもあの悪党夫婦の娘とは思えません。
 それを云うと、弟であるガブローシュ(ダニエル・ハトルストーン)の方も良い子だし、あんな夫婦の子供が、なんでこんなに良い子ばかりなのかと不思議でなりませぬ。

 個人的に一番、身につまされたのは、コゼットに恋したマリウス(エディ・レッドメイン)を見たジャン・バルジャンが、「遂にこのときが来たかッ!」と嘆息する場面でした。
 世の父親は大体、こんな感じになるものなんですかねぇ。

 時代背景もまた興味深い。原作を読んだ頃は歴史なんてサッパリ判っておらず、ジャン・ギャバンの映画を観た頃でさえ、「なんかフランス革命の頃か」程度の認識しかありませんでした。
 今般初めて、『レ・ミゼラブル』とは、ナポレオン一世没落直後のフランス復古王政時代(1814~)から七月革命後のルイ・フィリップ王の七月王政時代(1830~)にかけての物語なのだと知りました。
 だから終盤の市民の抵抗が「六月暴動」であり、最後はほぼ全員討ち死にすると判って、ちょっとビックリです。救いがないなあ。
 でも、だからこそラストシーンの演出に更に胸が熱くなるのですけどね(泣かせようとしやがって)。

 欲を云うなら、ジャベール警視の魂もどこかで救済して戴きたかった。彼は決して悪人では無く、生まれ育った環境が苛烈であったが故に、あそこまで厳しい人になっただけなのに。まぁ、自分に厳しすぎる分、他人にも等しく厳しすぎたのが玉に瑕でしたが。
 あれで身投げしておしまいとは、ちょっと哀しすぎる。
 だからと云って、最後にラッセル・クロウまでが、あのバリケードに登って歌っていたら、それはそれで違和感ありまくりなんですけどね。




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