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2012年11月24日土曜日

人生の特等席

(Trouble With the Curve)

 もはや存在自体が燻し銀であるクリント・イーストウッド、八二歳の主演作です。『グラン・トリノ』(2008年)で俳優としては引退し、監督業に専念するのかと思われましたが、再びスクリーンに帰ってきてくれて嬉しいデス。
 私も常々、歳を食ってジジイと呼ばれるときには、クリント・イーストウッドかアンソニー・ホプキンスのようになりたいと思っておるのですが、思うようにはいかんものです。

 本作ではクリント・イーストウッドは監督はせずに俳優と製作に名を連ねており、監督は今までイーストウッド監督作品でプロデューサーを務めてきたロバート・ロレンツが務めております。
 ロレンツ監督は、『マディソン郡の橋』(1995年)の助監督から始まり、近年のイーストウッド作品の製作総指揮を務めるようになった方だというので、イーストウッド監督の弟子みたいな人だそうです。「クリント・イーストウッドの弟子」って肩書きが、なんか凄そう。
 本作がロレンツ監督の初監督作品になるそうで、新人監督とは思えぬほど落ち着いた手堅いヒューマン・ストーリーに仕上がっております。

 今回、クリントが演じているのは、大リーグのスカウトマンの役。長年、選手の発掘に尽力し、球団の勝利に貢献してきた名スカウトマンも、最近は寄る年波で耳は遠くなり、視力にも衰えが伺えるようになってきた。
 その上、業界もシステム化されてきたのに、IT方面にはまったく疎いクリントは次第に肩身が狭くなりつつある。しかし性格的にそれを認めようとしないので、球団内では浮いてしまっている。頑固で偏屈な態度も、煙たがられる一因でもある。
 そんな中でクリントが球団と交わした契約期限はあと三ヶ月に迫っていた。もはや契約更新にはならないだろうと噂される中、最後のドラフトに向けた新人選手の品定めに、老スカウトマンはキャリア最後の旅に出る。
 そんな父に長年反発しながらも、その身を案じた娘が同行し、父娘の確執と関係修復が語られていく(ついでに娘のロマンスもちょっとだけ)。

 原題の “Trouble With the Curve” は、スカウトマンが選手を評価する際に使う言葉──「カーヴに難あり」と訳すそうな──と、自身の「人生の曲がり角」に差し掛かった転機を掛けたダブルミーニングになっています。洒落たタイトルですね。
 しかしこの老境で幾つ目の曲がり角になるのでしょうか。まさかこれが最初と云うことはあるまい。なんてこと考えると、人間幾つになっても人生の曲がり角にはトラブルが待ち構えているもののようで、なかなか容易じゃありませんねえ。
 幾ら人生経験を積んでも、年の功でひょいひょいと乗り越えるわけにはいかんようです。

 クリントは妻に先立たれて、一人娘とは疎遠という境遇ですが、この一人娘を演じるのはエイミー・アダムス。父親から独立し、法律事務所でバリバリ働くキャリアウーマンという設定。
 エイミーを観たのは、今年は『ザ・マペッツ』(2011年)に続いて二作目です。
 クリントの親友で、その身を案じ、球団内部でただ一人の味方になってくれる漢が、ジョン・グッドマン。『アルゴ』(2012年)でもそうでしたが、頼れる脇役が実に安定しておられる。
 そして球団のGM役がロバート・パトリック。『ターミネーター2』の液体金属野郎もめっきり渋い面構えになりました。

 そしてクリントの対極を行く、ITを駆使するデータ重視のスカウトマン役がマシュー・リラード。クリントを時代遅れの遺物のように扱い、引退に追い込んで自分がその後釜に座ろうと画策しているイヤミな野郎です。
 マシュー・リラードはジョージ・クルーニー主演の『ファミリー・ツリー』(2011年)で、主人公の奥さんの浮気相手を演じておりましたが、本作でもまた憎まれ役を演じておりますねえ(善人役が少ない人なのか)。
 マシューは、本作に於いては一番の憎まれ役になるのですが、それは仕方ないですかね。なにしろ、本作は時代に取り残された古いやり方にも良いところがある、むしろデジタル時代に廃れたアナログ方式の中にこそ忘れてはいけないものがある、と云うことをアピールする映画デスから。
 いわばブラッド・ピット(以下、ブラピ)主演の『マネーボール』(2011年)を裏返したような物語です。

 『マネーボール』では、ブラピの邪魔をする球団改革の抵抗勢力として描かれたのが、古いタイプのスカウトマン──データを信じず、経験と直感に頼る石頭共──です。本作のクリントがまさにその「古いタイプのスカウトマン」であることを思うと、アナログ方式を美化する演出は本当に正しいのかしらと疑念を抱いてしまいます。
 おかしい。「主観に頼らず、客観的データに基づき判断する」と云う理論は正しい筈なのでは……。
 個人的に『マネーボール』には結構感動させてもらっているので、マシューを擁護したくなるのですが、それはそれとしても、本作と見比べると真逆の主張が味わえて興味深いデス。
 まあ、ブラピ演じたビリー・ビーンは、それでも球団を優勝させることは出来なかったので、野球に於いてはアナログとデジタルは、実はどちらが良いのかという問題ではないのかも知れません。

 本作はアナログ勢力側に立ったストーリーなので、デジタル勢力が悪役になるのは仕方ない。そして割とオーソドックスな筋立てであります。
 特に冒頭で、クリントが亡き妻の墓前で心情を吐露すると云う場面があり、本作の演出がヒネリなしの直球勝負であると判ります(題名は「カーヴに難あり」なのにね)。
 どうでもいいが、どうしてアメリカ映画はお墓の前で故人に語りかける演出が多いんですかね。判り易くてよろしいのですが(笑)。
 だからストーリーは、単純で先が読める展開です。でも、パターンではありますが、それで詰まらないワケではない。やはり〈黄金のパターン〉は「判っていても、感動を避けることが出来ない」ものです。
 不器用な父親と、会えば喧嘩して憎まれ口を叩いてしまう娘の物語。疎遠だった父娘が再び野球を通して絆を取り戻していく、感動のドラマです。

 そしてジョン・グッドマンと同じく、父と娘の関係修復に関わってくるのが、ジャスティン・ティンバーレイク演じる若いスカウトマン。
 ジャスティンは『TIME タイム』(2011年)にも出演しておりましたが、もうキャメロン・ディアスの元カレとか、ジェシカ・ビールのダンナと云うだけではなくなりましたね。本作では結構、好感度高い「イイ奴」を演じています。

 それからマシュー・リラードと並んで本作で憎まれ役になるのが、各球団からドラフト一位指名を確実視されている「話題の天才打者」役のジョー・マッシンギル。才能はあれど、性格的に問題のある嫌な野郎です。
 マッシンギルは、本作が長編映画デビューとなる若手の俳優さんですが、憎たらしい若者を好演しておりました。
 物語は、この選手をドラフトで一位指名するべきか否かをクリントが判断出来るかにかかってくる。衰えた視力で、正しい判断が下せるのか。試合でのデータは、球団が大金を投じてでも獲得すべき選手であることを示しているのだが……。

 そして平行して語られる父と娘の哀しい過去。父は何故、娘と縁を切るような真似をしたのか。
 「自分と一緒だと娘が不幸になる。そんな人生の三等席に座らせるような真似は出来ない」と父は云うが、では本当の特等席とはどこにあるのか。

 シンプルな物語ですし演出も手堅いので、本作のハッピーエンドは物語に相応しい、きちんとまとまった結末であるとは思うのデスが、やっぱり『マネーボール』と比べると、若干、御都合主義的ではありますかねえ。
 たまたま宿泊したモーテル経営者の息子が無名の逸材であると云う展開に、お手軽感が滲んでしまうのは否めませんデス。とは云え、ラストの入団テストの場面が、実に痛快であるのもまた事実。
 難しく考えずに、父と娘の関係の修復と、最後にものを云うのはやはり積み重ねてきた人生の経験であると云う人間賛歌的ハッピーエンドを味わう分には、何の問題もありませんです。
 それにやっぱりクリント・イーストウッドは燻し銀ですから、それだけで作品の魅力は三割増しデスよ。




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