2012年11月19日月曜日

ヱヴァンゲリヲン 新劇場版 : Q

(EVANGELION : 3.0 YOU CAN(NOT)REDO.)

 ジョージ・ルーカスが『スターウォーズ』にCG合成で効果を付け加え、カットを差し替えたりして、何度も何度も作り替えることに対して「アレはもはや作品ではなく商品である」と評されていたことを思い出しました。『新世紀エヴァンゲリオン』もまた似たような経過を辿りつつあるような気がしてなりません。これももう「作品ではなく商品」なのかしら。
 しかし少なくとも自覚はあるのか、タイトルにバージョン番号が付けられております。本作は「3.0」。多分、DVD化されたらバージョンアップして「3.3」になったりするのでしょうか。開き直っている分、潔いと云えなくも無い。
 いや、のっけから否定的なことを書いてしまいました(汗)。

 前作『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版 : 破』(2009年)から三年。ようやく第三部が公開されました。公開初日は大変な盛り上がりで、一部の劇場では常時満席御礼となり、チケットを買えない「ヱヴァ難民」が続出したとか。
 平日のレイトショー狙いでもかなり混み合っておりましたから、初日はさぞかし凄まじかったことでしょう。

 本作は新劇場版の三作目。第一作『序』、第二作『破』と来て『急』……とならずに、何故か『Q』となりました。普通は序破急と云う音楽・舞踏(能が有名か)の形式区分に従えば、ここで終わる筈ですが、「急」じゃなく「Q」なので、まだ続きます。最終的には四部作となるそうです。ブツブツ云いながらも付き合う我が身が恨めしい。
 しかしこれは私が期待していた続編とは随分と趣が異なりますねえ。ちょっと唖然としてしまいました。

 本作は前作のラストから続くような段取りの良いドラマ展開とはなりませんです。序盤はもうナニガナニヤラの驚愕展開。
 何故にアスカが眼帯しているのかとか、そもそもどうやって助かったのかとか、弐号機改だとか、軌道上での作戦行動だとか、観客置いてけぼりでドラマが進行していきます。
 「Q」てのは急転直下の「急」の間違いではないのか。いや、ワケの判らなさ具合がまさに「Q」か。
 そして軌道上で目的物の回収中に使徒と遭遇、激烈な戦闘に突入です。
 うーむ。ワケが判らん。でも判らんなりに緊迫感だけは伝わります。作画は緻密だし、迫力も充分。

 やがて回収された物体の中にいたのが、主人公である碇シンジくんだと判明する。どういう事情でだか長期間、地球を離れて帰ってきたようですが、皆の態度が妙に冷たい。
 「サルベージ」だとか「復元」なんて単語が聞こえたところから察するに、TVシリーズの時のように、一時的にLCLに溶けちゃっていたのか。
 実は前作からいつの間にやら十四年が経過していたという驚きの展開ですが、誰もシンジくんに事情を説明してくれないので、観ている側にもサッパリ事情が伝わりません。
 前からそうだったとは云え、ここまで徹底して疎外されることもなかったような。アスカもまた歳をとっていないようだが、詳しく説明する気は無いようです。

 しかしワケが判らないから詰まらんかと云うとそうでもないのは、ドラマがある種の様式美に則って展開しているからですね。
 特に日本の特撮映画伝統の様式美、「未完の巨大メカ発進シーン」と云う確立された様式美は素晴らしいデスね(笑)。
 おかげでワケ判らんが、とにかく燃えるぅッ!
 巨大戦艦〈ヴンダー〉の勇姿は特撮マニアには一見の価値ありでしょう。
 一瞬、自分が観ているのはひょっとしたら『ふしぎの海のナディア』の新劇場版なのかと云う錯覚にも囚われます。あんなBGMをかけられたら、つい「我らの万能戦艦Nノーチラス号」を歌ってしまうではないか。
 ♪にゅーのーちらーす。愛と平和求めゆーくぞー♪

 いつの間にやら人類はヱヴァンゲリヲンに頼らず使徒を倒せるまでになっている。「神殺しの力」と呼ばれていますが、〈ヴンダー〉の動力源は初号機がそのまま使われているようなので、なんとなく納得です。
 しかし一体、何故〈ネルフ〉を敵とする反ネルフ組織〈ヴィレ〉なんてものが発足したのかとか、どうしてミサトさんもリツコさんも、ゲンドウ司令と袂を分かち、〈ネルフ〉と戦っているのかとか、前作のラストで登場したカヲルくんはどうなっているのかとか、数々の疑問を放置したまま怒濤の勢いで展開していくドラマは圧倒的です。
 こりゃ付いて行くのが大変だ。

 やがて朧気ながらも断片的に明かされていくのは、前作のラストで何が起こったのかということ。
 初号機の暴走がサード・インパクトを引き起こしかけ、地球は更に滅茶苦茶になったのだと説明されます。地球の海は赤く染まり、大勢の人が死に、ジオフロントは天井が抜けて第三新東京市も壊滅、ネルフ本部は廃墟と化した。
 今や〈ネルフ〉のメンバーはゲンドウと冬月だけとなり、ミサトさん以下の全ての生き残りは〈ネルフ〉を辞めて反ネルフ組織を立ち上げている。かつての本部に留まっているのは、カヲルくんと綾波レイもいるが、綾波はもはや元の綾波ではなく、何人目かのスペアである有様。

 よくこんな状況で〈ネルフ〉が運営できているもんだと感心します。それどころか、最新のヱヴァンゲリヲン第拾参号機まで製造している。
 あまりの状況の激変ぶりには唖然とするばかりです。とても現実とは思えぬ悪夢のような世界です。それでもまだ人類は生き残っており、人類補完計画も又、継続中。
 それにしても、本作は見事なまでに生活感の描写を欠いております。もうこの物語はかなりの部分が寓話のようです。
 本当はもう現実のドラマでは無いのではないか(いや最初からSFですけど)。
 もう全員、寓話の人物と化したように思えます。
 十四年の時間経過を一番感じたのが、冬月の老けっぷりでしたが、他はあまり変わらず。エヴァのパイロット達は誰一人、歳をとっていないような……。
 アスカが実時間で十四年過ごしているくせに、まったく二八歳には見えず、一番子供っぽく見えたのにも理由があるのか(肉体が成長せずとも精神だけでも成長しないのか)。
 まぁ、シンジくんも愚かではありますが、十四歳の少年に過度に期待する方がイカンか。

 説明することを拒んだままドラマが進行するのは構わないとしても、新劇場版から登場しているマリさんについても、あまり詳細な描写が無いことには少なからず失望の念を禁じ得ませんでした。
 アスカとペアを組んで戦力となっているが、どうにも「懐メロを歌うお姉さん」以上にキャラが立っているように見えません。戦闘シーンにしか登場しない所為ですが、『Q』は極力生活感を排して進行するので、出番が少ないと印象も薄い。
 「マリさんが天地真理を歌う」とか、懐かしのアニソンを口ずさむとか、笑えはしますが、共感は出来んなあ。これも計算の内でしょうか。

 でもそれを云えば、『Q』では誰にも共感できないような演出になっておりますね。
 観ていて何度も思うのは、登場人物達のコミュニケーションの欠如と、あまりの不寛容さです。
 とにかく誰もシンジくんをフォローしようとしない。アスカも、ミサトさんも、言葉に出しては責め、言外に不信を匂わせ、ハブにしながらも手放そうとはしない。
 カヲルくんや、冬月もそうですね。事情を説明していそうで、肝心なことはナニも語っていません。
 最初から何も語らないゲンドウが一番親切なのではとさえ思えます。

 実はSF者として、この作品は「時間ループ」ネタまで取り込んだ展開になったのではないかと考えておりました。
 『破』のラストのカヲルくんの台詞──「今度こそ君を幸せにしてみせる」──で、この劇場版はリメイクではなく、繰り返される別の時間線上のドラマなのだろうと理解しておりました。
 だから新劇場版のカヲルくんは、TVシリーズでの記憶を受け継いでおり、それ故にシンジくんを見知っているような言葉が飛び出すのではないか。そして物語が破局を迎える度に、時間をぐるぐる巻き戻しながら、何度もセカンド・インパクトをくりかえしているのではないか(ひょっとして一万回以上とか)。
 バリエーションを変えながら展開するドラマなので、大筋が同じでも使徒の形状や総数が異なっていたりするのではないか。
 ──なんてことを考えているワケですが、本作だけでは真相は明かされず仕舞いでした。焦らしますねぇ。

 本作でもピアノの連弾について語られる台詞に思わせぶりなフレーズがあったりします。
 ピアノを巧く弾く方法を訊くシンジくんに、カヲルくんが「反復練習だよ」と答える。

 「同じ事を何度も繰り返せば良い。自分がいいと思えるまで」

 どうにもこの台詞が作品全体に言及しているような気がしてなりませんです。シンジくんが連弾にすぐに馴染んだのも、実は何度も繰り返していたからなのかも。
 しかもこの反復練習の台詞は、ドラマの展開のみならず、作品の作り手に対するメタ的な台詞のようにも感じます。
 総監督自身、ひょっとして『ヱヴァンゲリヲン』を何度も繰り返すつもりなのではないか。四部作で新劇場版が本当に完結するのか。終わったとしても、また別バージョンで『ヱヴァンゲリヲン』は繰り返し製作されていくのではないか。
 この先も、俺は死ぬまでエヴァ関連商品を買わされ続けるのではないか──などと云う、怖ろしい考えも頭をよぎったりします(それが「エヴァの呪縛」か)。

 そして次回予告。完結編は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』ではなく『シン・エヴァンゲリオン劇場版』とな。タイトルの「ヱヴァンゲリヲン」が「エヴァンゲリオン」に戻っていますが、ホントにループするつもりなのか。
 最終局面を迎える人類補完計画。カヲルくんすら手玉に取るゲンドウの深謀遠慮が明かされるのか(ホントに「予定通り」なんでしょね)。

 また、「シン」とは「新」か「真」か。とりあえずファンを置いてけぼりにすることなく、きちんと完結してくれることを祈るばかりデスが、いっそ誰にも理解できない不条理展開のままでも良いような気もします。
 破綻したまま投げっぱなしで終わるドラマを、実は心の何処かで期待していたりして。
 うーむ。我ながらヒネクレてますね。




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