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2012年10月1日月曜日

ローマ法王の休日

(Habemus Papam)

 ローマ法王は全世界十二億人とも云われるカトリック教徒を導く最高位聖職者であります(日本語表記は「法王」でなく「教皇」が公式だそうですが、「法王」の方が一般的な気がします)。
 その職責は想像を絶するほどに重く、誰もなりたがらないので、枢機卿達は法王選挙(コンクラーヴェ)で自分以外の誰かにその重責を担ってもらおうと押しつけ合うのである──と云うことを本作を観て知りました(笑)。

 本作は運悪く(?)新法王に選ばれてしまった枢機卿の苦悩を描いたハートフル・コメディーであります(少なくともそう宣伝されております)。イタリア映画でないとこのネタは描けませんかねえ(フランスとの合作ですが)。よくバチカンからクレームが来なかったものです。
 ある意味ではかなり不敬な作品ですよ。並みの監督では躊躇してしまうのではないか。ヘタすれば全世界のカトリック教徒を敵に回しかねん。
 でも本作の監督はナンニ・モレッティ。カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した権威ある監督であれば大丈夫なのか。でも私、『息子の部屋』(2001年)とか観ておりません(汗)。

 システィナ礼拝堂を始め、バチカン市国内の名所が随所に背景に映るので観光映画としてもなかなかリッチな気分デス。中にはセットもありますが。
 個人的に初めてコンクラーヴェを見たのは一九七八年のことでした。あのときはヨハネ・パウロ一世が在位三三日で亡くなられ、立て続けに二回もコンクラーヴェが行われたのでした(法王謀殺説とか流れましたしねえ)。
 逆にヨハネ・パウロ二世が亡くなられた際の二〇〇五年の法王選挙はよく覚えておりません。現法王ベネディクト一六世猊下もあまり報道番組でお見かけすることもありませんし。

 映画でコンクラーヴェを観たのは、ダン・ブラウン原作で、トム・ハンクスが主演した『天使と悪魔』(2009年)以来ですね。
 本作はより詳細にコンクラーヴェの内幕が描かれます。序盤の法王崩御から葬儀の場面は、実際に二〇〇五年のヨハネ・パウロ二世のときのニュース映像が使用されており、ドキュメンタリ映画さながらにリアルに進行していきます。

 さて、コンクラーヴェは無記名投票が原則。一度の投票で決まらなければ、いずれかの候補が三分の二以上得票するまで、これを繰り返す。使用済みの投票用紙は暖炉で燃やされ、証拠は残さない。このときの煙突から立ち上る煙の色で、外部の人間は選挙の推移を知ると云うシステムです。
 煙が黒なら未決、白なら決定。
 法王が決定すると、サン・ピエトロ大聖堂のテラスから「アベムス・パパム(“Habems Papam”)」──ラテン語で「法王が決まった」の意──と宣言が行われる。本作の原題でもあります。単刀直入ですね。

 しかしここで本人が嫌がったらどうなるのか。そもそも拒否できるものなのか。
 一度目の投票では大本命のグレゴリウス枢機卿が得票数最多となるが三分の二には至らず、やり直し。そして二度目の投票では、最初の投票ではまったく名前の出なかったメルヴィル枢機卿(ミシェル・ピッコリ)がイキナリ三分の二の票を獲得してしまう。驚き戸惑うメルヴィル枢機卿(そりゃそうだ)。
 冒頭の過熱するマスコミ報道では、法王候補となる枢機卿は三人だと紹介され、一度目の投票ではド本命が来たというのに、二度目では誰も予想しなかった大穴中の大穴が来るとは。
 本命を差し置いて無名の枢機卿が選ばれるのが、ヨハネ・パウロ二世のときのようです。

 主演のメルヴィル枢機卿役はフランスの名優、ミッシェル・ピッコリ。ベテラン俳優であり、昔から色々と出演作も観ている筈なのに、イマイチ印象に薄いと云うか……。
 『パリは燃えているか』(1966年)の頃から、『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)、『昼顔』(同年)とか、観てはいますが思い出せん。
 ああ、でも『美しき諍い女』(1991年)は覚えてます(そりゃ主演だし)。エマニュエル・ベアールを描く画家の爺ちゃん役でした(それしか憶えとらんのか)。

 そもそも誰も法王になどなりたがっていないという描写が可笑しいデス。一人くらい名誉欲に駆られた枢機卿がいてもいいだろうに、そういう人はいないのか(サスガ聖職者)。
 誰もが「神よ、私になりませんように」と祈りながら投票用紙に記入している。誰の名前を書いていいか迷って、並んで座った隣の枢機卿の用紙を覗き込む枢機卿もいます(カンニングはいけません!)。
 このような状態で下馬評にも登らなかった人物が三分の二を獲得してしまうこと自体、ナニやら神の御心であると云える気もします。なにしろカトリックの高位聖職者が心を一つにして──互いに押しつけ合おうと──祈ったのですから(笑)。
 神が集合的無意識の賜物であるなら、これこそまさに主の御意思でありましょう。

 一応、拒否する権利はあるらしく、尋ねられはしますが、とても拒否できる雰囲気ではない。
 特に押しに弱い穏和な人にとって辞退するなど出来る筈も無い。
 議長役の枢機卿から「受諾しますか?」と尋ねられる背後では、残りの枢機卿達が静かに賛美歌など歌い始める。この素晴らしい同調圧力。
 この雰囲気に抗える人は多分、いないのではないか。
 案の定、イヤと云えずに肯いてしまったのが、そもそも間違いの始まり。
 こうなったら腹を括ってやってしまえば何とかなるものだと楽観できないのが、辛いところです。悶々としている内に、公表の準備が勝手に進行していく。

 「アベムス・パパム」が告げられ、サン・ピエトロ大聖堂前の広場に押し寄せた大観衆が歓呼に沸くが、肝心の新法王は一向にテラスに現れない。
 どうしてもテラスに出られず、「無理だーッ」と泣き叫んで逃げ出す新法王。唖然とする侍従。前代未聞の珍事ですね。元の会議室に逃げ戻り、立て籠もってしまう。
 とりあえず外部に対しては、「新法王は決まったが、奥ゆかしい性格の為に、猊下は就任演説前に祈祷に入られました」と取り繕い、事態の収拾を図る関係者。

 他の枢機卿達がどんなに説得しても効果はなく、秘密裏に精神科の専門医が呼ばれる。
 この精神科医の役を演じるのは、ナンニ・モレッティ監督自身です。今までも自身の監督作品では脚本も書いたり、主演もしているそうで、本作でも同様です。
 法王をカウンセリングできるとあって、妙にワクワクしているのが可笑しいが、絶対他言無用を云い渡され、しかも本人が落ち着いて受諾するまで大聖堂から出られなくなる。
 他の枢機卿も同様に、コンクラーヴェが終わったから市内観光など許される筈も無く、全員が缶詰状態。

 自分のカウンセリングでは埒が明かないと知った精神科医は、市中のセラピストを勧める。このセラピストが、(明示はされないものの)精神科医の先生の離婚した奥さんであるのは明白です(劇中でそういう話題になる)。
 しかしお忍び外出中に法王様は護衛を振り切って逃亡してしまう。失態を必死で隠蔽しようとする警備主任。
 一方で、暇をもてあました枢機卿達がバレーボールに興じる図はなかなかユーモラスです。

 モレッティ監督には「癖のあるユーモラスな作風」があると云うのは判ります。確かに随所に苦笑したくなる展開が色々とあります。あまり大笑いするようなユーモアではなく、かなりシニカルな笑いです。オフビートですし。
 中盤あたりから「ハートフルなヒューマン・コメディー」には当たらない気がしてきました。あからさまに『ローマの休日』(1953年)をもじっている邦題がイカンのでは。
 「重責に耐えかねた法王猊下が逃亡を図る」と云うストーリーは面白いと思いますよ。
 関係者一同を大いに慌てさせ、その間に御本人は市井の人達と交流し、若い頃の夢を思い出し(実は若い頃は役者志望だった)、過去の自分を見つめ直す、と云う展開になるのもいいでしょう。
 しかし、そこからが……。

 やっとのことでバチカンに戻ってきた──連れ戻された──法王様が、遂にサン・ピエトロ大聖堂のテラスから就任演説を行うこととなり、改めて群衆が押し寄せ、世界中が見守る中、新法王が発した言葉というのが……。
 「私には役目が果たせません。辞退します」と云うのは如何なものか。
 ある意味、はっきり意見を表明できるようになったのは、いいことなのかも知れません。全世界を前にして、「できません」と云い切る勇気を持ったことは進歩のようでもあります。
 しかし、投げ出しておしまいとは。

 ストーリー的にそこで終わってしまい、世界中を凍り付かせ、観ているこちらまでフリーズさせ、唖然とする中でエンドクレジット。そりゃないでしょう。
 ユーモラスで心温まる就任演説をちょっと期待しておったのですが(チェーホフとか引用したりして)。明るく前向きに、人生に困難は付きものですが、何とか頑張っていこう的な祈りを披露してくれるものと……。
 少なくとも明るいエンディングを期待したのに。

 オチの無いまま、落語が終わってしまったような、居心地の悪さを感じました。コメディとしてもどうよ(いや、そもそもコメディじゃないのでしょう。配給会社の宣伝が悪いのか?)。
 他にも色々と投げっぱなしで収拾の付かないネタもありまして、非常に中途半端な感じデス。
 監督自身が演じた精神科医と、明らかに元奥さんであるセラピストとのエピソードは、まるで拾われることがない。法王が役者志望だったエピソードも、本筋には無関係。
 色々と残念ですが、勝手な想像を膨らませていたこちらがイカンのか。うーむ。

 ちなみに一四一七年以来、存命中に法王を退位した人はいないとのことですので(教会大分裂時代のクレメンス七世以来か)、この事態はほぼ六世紀ぶりのスキャンダルと云うことになるのでしょうか。多分、在位記録も最短でギネスものでしょう。
 個人的には法王を警護するスイス衛兵隊──あのオレンジと黒のシマシマ制服が素敵──をたっぷり拝めたのが本作一番の収穫であります。
 B級好きのSF者にはあまり楽しむことが出来ませんでした(汗)。


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