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2012年8月2日木曜日

おおかみこどもの雨と雪

 細田守(監督・脚本)、奥寺佐渡子(共同脚本)、貞本義行(キャラクターデザイン)という、『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(2009年)のテッパンなメンバーによるファンタジーな劇場用長編アニメです。もう観る前から、ある程度の品質は保証されたも同然。
 人狼と恋に落ちたヒロインが、結婚して、出産して、子育てするという、〈トワイライト・サーガ〉がなかなか成し遂げられないことを、簡単にやってのける物語です。いや、ことはそう単純ではないか。吸血鬼と結婚しても、人狼と結婚しても、そのあとが大変。
 これは一三年間に及ぶ若い母親の悪戦苦闘の物語。

 子育てがメインの物語なので、主たる観客層は子持ちの世代か、子育てが終わった世代であると思うのですが、独身者や、お子さまが観ても楽しめるのですかね。ちょっと疑問デス。
 細田監督自身は「子育てしている人たちへの憧れを込めて」制作したと申されていましたが。
 一応、家族全員で楽しめるファミリー・ムービーですと宣伝されてはいますけどねぇ。
 まず小学生以下のお子さまは中盤過ぎるまで確実に保たないでしょう。序盤は、冒険もアクションも無く、ラブストーリーが静かに進行するのみですし。そもそも愛の結晶が誕生するまでの展開には、説明してあげないといけないことが沢山ありすぎる。
 何故、パジャマを着て寝ていないのか、とか。赤ちゃんはどうやって生まれるのか、とか。

 物語全体は成長した娘が語る、若かりし日の母の物語という体裁をとっています。父との出会い、結婚、自分の誕生、さらに弟の誕生。母から聞いた話を観客に向かって語っています。
 語り手であるナレーションが黒木華。声からしてまだ若い娘さん。『東京オアシス』(2011年)で映画初出演となったそうですが観ておりません。
 メインキャストには舞台やドラマの俳優が多く起用されていますが、脇を固める声優さん達もベテラン揃い。中村正と谷村美月は、『時をかける少女』以来ずっと細田監督作品に起用されていますね。
 本作では菅原文太が燻し銀の声を聞かせてくれます。林原めぐみも出演していました。

 主演となる両親が、宮崎あおいと大沢たかお。実は大沢たかおの出番はあまり多くないです。もうちょっと新婚時代を描いてくれれば良かったのに。終盤の回想シーンでもう一度、顔を見せてくれますが。本作はもっぱら宮崎あおいの子育て奮闘記ですから。
 子役の少年少女も達者なもので、タイトルにもなっている〈おおかみこども〉の雪ちゃん(大野百花)と雨くん(加部亜門)が巧いです。二人とも様々なTVドラマに出演されているベテラン子役ですが、私はTVのドラマはサッパリ観ないので良く存じませんでした(汗)。

 お子様の興味を引くのは難しいでしょうが、大人の観客は惹きつけられるでしょう。
 序盤のラブストーリーがなかなかいい感じで進行していくので、もう本作は全編恋愛映画でもいいのではと思ってしまいました。シリーズ化して三部作。出産が第二部で、子育ては第三部くらい先に延ばしてもいいのでは。
 それではホントに〈トワイライト・サーガ〉みたいか。

 まだ一九歳の大学生ハナ(花か)は、大学構内で不思議な若者と出会う。恋に落ち、ハッピーな交際が続くのかと思いきや、ある日重大な秘密を打ち明けられる。
 彼は「おおかみおとこ」だったのだ。
 いきなり変身する姿を見せられても、まったく動じないヒロインの肝が太いです。惚れてしまえば、どんなことでも受け入れられるのか。
 変身は任意に可能で、特に満月は必要ないと云うのが現代的と云うかお手軽と云うか。そのかわり、銀の弾丸でなければ死なないと云うわけでもない。変身するだけで、あとは一般的な動物と変わりない。死はフツーに訪れる。
 絶滅したと思われているニホンオオカミの末裔だそうですが、ニホンオオカミはあんなに堂々とした体格の獣でしたっけ。そこはファンタジーか。あまり貧弱な犬っぽい動物ではムードがありませんか。

 やがて雪と雨という姉弟が誕生する。雪の日に生まれたから「雪」、雨の日に生まれたから「雨」と云う、実にシンプルなネーミングセンスです。ヒロインの名前も、生まれたときに花が咲いていたから「花」だそうで、命名したヒロインのお父さんの人柄が偲ばれます。
 夫が人狼なので、出産も自宅で行うという選択がなかなかシビアです。自分でラマーズ法を勉強したりとか、人前で出産出来ない苦労をきちんと描いています。今までのアニメ作品ではなかなかお目にかかれないシチュエーションですね(海外のアニメにはまず出来まい)。
 若い夫婦が誰の助けも借りずに、たった二人で出産というハードルを越える場面で、観ている側としては結構ドキドキしますが、これもまたお子様には理解してもらえそうにないかしら。

 生まれた子供は女の子で、やっぱり狼に変身できる「おおかみこども」でした。そして翌年には、今度は男の子を出産。
 うーむ。年子か。只でさえ育児は難しいのに、また作っちゃうのか。あまり計画的ではありませんが、若い二人だから仕方ないのか。せめて数年は間を置けばいいのに。そんなこと云ってるから日本は少子化が進むのか。この夫婦を見倣いなさい。
 まぁ、旦那さんはケダモノだしなあ。

 人目を忍びながらも都会の片隅で暮らす家族を、突然見舞う不幸の嵐。これからという時に、旦那さんが事故死する。死因は判りませんが、保健所に回収されていく狼の遺骸を見て、道路にへたり込むヒロインの姿は哀れです。
 しかし哀しんでいる暇はない。いまだかつて誰一人育てたことのない「おおかみこども」の育児に追われるヒロイン。夫からもっと詳しく聞いておけば良かったと思っても、どうしようもない。
 いきなりの母子家庭。試行錯誤の連続で、心身ともに疲れ切っていく。子供が急に熱を出したときに連れて行くべきなのは小児科か獣医かと選択に迷う姿は、笑って良いものやら。

 SF者としては、ここでバリー・B・ロングイヤーの傑作『わが友なる敵』なんてのを思い起こすワケですが、大抵の人は御存知ないか(ヒューゴー賞受賞作なんですけどねえ)。文庫本もいまや入手困難だし。でもこれを映画化したウォルフガング・ペーターゼン監督、デニス・クエイド主演の『第5惑星』(1986年)は今でも観ることが出来ます。まぁ、原作の残滓のようなものは味わえます。
 えー、「育て方の判らない子供の子育てをする」と云う点が似ておりまして……。

 しかし驚くべきはこの若い母親の精神力です。劇中で、花さんは泣きません。旦那が死んだときにはロングショットで表情が見えませんでしたし、「泣く」シーンが無い。
 これには父親の教えもあるようで「人生、どんなときも笑っていれば何とかなる」と云う家訓のようなものを守り続けている。一理ある教えではあります。
 対照的なのは、菅原文太演じる農家の老人、韮崎さん。
 都会の暮らしに限界を感じ、富山の田舎に引っ越してきた花さん一家を、無愛想ながら幾つかアドバイスして助けてくれる老人ですが、どんなときにも笑顔を絶やさない花さんに向かって一喝する。
 「笑うな。笑っていたら何も出来んぞ」
 韮崎さんがどのような経緯でそのような境地に辿り着いたのかは判りませんが、人それぞれ色々な人生があるのだなあと感じさせてくれる台詞でした。菅原文太ですし。

 しかしあまりにも花さんがタフなので、子育て物語自体がファンタジーであるかのように感じられました。いや、別に花さんにやつれて欲しいとか、ネグレクトしそうになれとか云うつもりは毛頭ありませんが、ほぼ全てを独力でやり遂げる姿には驚嘆を禁じ得ませんデス。凄い母親だ。
 人狼の存在よりも、こんな母親がいるのだということの方がファンタジーかも。

 また、背景美術も素晴らしいデス。
 前半の都会の場面も実に詳細かつリアルな背景でしたが、後半になって登場する富山の大自然が大変美しく、それだけでも一見の価値ありと申せましょう。野山だけでなく、一家が移り住む古民家の佇まいが絶妙です。
 本作は全編が手書きの2Dアニメですが、「草木が風に揺れる」描写にCGの効果が見受けられます。これが見事と云うか、何もそこまで揺らさなくてもと思うくらいに、リアルにユラユラしていたのが印象的でした。
 揺れ方も一様ではないし、天候によって振幅の幅も異なる。実に芸が細かい。

 そして子供達は元気に成長していくのですが、長じてくると姉と弟にも相違が表れてくる。「人間の女の子」として絶対に変身しないと誓う雪ちゃんに対して、もはや学校に通わず野山を動物と駆けまわる雨くんは、次第に「狼として生きる」道を歩み始める。
 子育ての物語に隠れて、「価値観の相違」と云うテーマも描かれているように思えました。
 人と狼とか、都会暮らしと田舎暮らしの対比もそうですし、韮崎さんが学校に通わない雨くんを擁護する発言をするところにも伺えます。
 本作は教育格差を是認するのだろうかとか、チラッと思いましたが考えすぎですか。

 紆余曲折の末、子供が巣立つ日がやってくる。親にしてみればあまりにも早い。多分、もう充分と思える日は決してやって来ないのかも知れませんが。あれだけ苦労しながら「まだ何もしてあげていないのに」と呟く花さんに母親の感性が表れています。
 父親はそれとは反対で、花さんの夢の中に現れた旦那さんは、逆のことを云います。「雨はもう大人だ。自分の世界を見つけたんだよ」と。
 雨くんが親離れするときは、花さんが子離れするときでもありました。このことばかりは花さんも少し泣きます。
 「しっかり生きて」──親としてはこれ以上、云うべき事は何も無い。実に感動的なラストシーンでした。

 鑑みれば私は「しっかり生きて」いるのかな。うちのムスメが巣立つ日に同じ事が云えるのかな。そんな日がやってくるとは想像も出来ませんヨ。まだ何もしてあげていませんからね。




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