2012年7月15日日曜日

崖っぷちの男

(Man on a Ledge)

 ニューヨークの高層ホテルに部屋を取ったその男は、ルームサービスで食事を頼み、その後、自分の指紋を拭き取ってから、ホテルの窓の外に出る。窓の縁は僅かに数十センチ。眼下は二一階下の歩道まで何もない。この突然現れた自殺志願者を見とがめた通行人により、周囲は大騒ぎ。集まる野次馬で交通は麻痺し、警察が出動する。
 男の目的は何なのか。

 前評判もあまり聞かず地味に公開されたサスペンス映画ですが、大変良く出来てました。
 パブロ・F・フェニベスの脚本が非常に緻密です。今までTVドラマの脚本が多かったり、映画も未公開という無名に近い方です。『新オーメン』(1997年)とか、実は面白いのでしょうか。しかし『新オーメン』以降、本作まで随分と長いブランクがあります。どうしておられたのか。

 監督は本作が長編初監督となるアスガー・レス。今まではドキュメンタリー作品を多く手掛けてきた方だそうで、畑違いですが手堅い演出です。
 主演はサム・ワーシントン。『アバター』(2009年)以来、恋愛映画やサスペンス映画に出演され、活動領域も広がって参りましたが、『タイタンの戦い』(2010年)とか『タイタンの逆襲』(2012年)のペルセウス役より、本作の方が代表作と呼ばれるようになると思います。
 共演はエド・ハリス、ジェイミー・ベル、アンソニー・マッキー、エリザベス・バンクス、ウィリアム・サドラーといった方々。エド・ハリスとウィリアム・サドラーがいるのが嬉しい。

 久しぶりにエド・ハリスを見ました。『ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記』(2007年)とか、『アパルーサの決闘』(2008年)以来ですか。数年、間を置いただけで、随分と「枯れちゃった感」が漂っておられますが大丈夫ですか。なんか心配デス。
 久しぶりと云えば、ウィリアム・サドラーもそう。同じく『ミスト』(2007年)や『イーグル・アイ』(2008年)以来ですが、こちらの方は逆にちょっと貫禄が出てきたように思われます。

 ジェイミー・ベルも『ジャンパー』(2008年)や『ディファイアンス』(同年)以来か。実は『第九軍団のワシ』(2011年)とか、スルーしちゃっておりまして。『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(2011年)は観ましたが、あちらは「タンタンの中の人」役でしたからねえ。
 アンソニー・マッキーは昨年だけでも『アジャストメント』(2011年)と『リアル・スティール』(同年)でよくお見かけするようになりました。
 エリザベス・バンクスは『ブッシュ』(2008年)で大統領夫人、『スリーデイズ』(2010年)でもラッセル・クロウ夫人役でしたが、今回は独身の女刑事(ちょっとくたびれている)の役。

 物語は導入部で自殺志願の男(サム・ワーシントン)を描いておき、その一ヶ月前へと巻き戻ります。ここでサムが元警官の服役囚で、上告が却下されて二五年の懲役刑が確定してしまったことが説明されます。罪状が何なのかはまだ伏せられている。
 無実を訴えてもその甲斐なく、面会に来た相棒(アンソニー・マッキー)の慰めも空しい。
 父親が危篤中という状況であり、数日後に父親が亡くなったとの報せを受ける。警官の護送付で葬儀への出席が認められるが、墓地で弟(ジェイミー・ベル)からなじられて口論になり、殴り合いを止めようとした警官の隙をつき、銃を奪ってサムは脱走する。
 この序盤の、墓地から逃走するカーチェイス場面が地味ですが手堅い。そしてからくも逃げ仰せたサムは──。

 今、高層ホテルの二一階で窓の縁に立ち尽くしているという次第。どうやら逃げ隠れするのに疲れたのか、諦めたのか、崖っぷちに立って無実の罪を訴えるつもりらしい。あるいは本当に自殺するのか。
 観ている側としては事情は判りましたが、サムの行動にはところどころ不可解な点があってミステリアスでした。実は逃走後に秘密のガレージに隠した幾つもの品々を取り出すという場面もあり、脱獄自体が計画の上であったように見受けられる。
 ホテルでも、故意に身元の特定を遅らせるように、指紋を拭いているのもそう。
 更に、自殺を思いとどまらせようと説得に来た警官に、逆に説得担当者を指名する。指名された女刑事がエリザベス・バンクス。
 どうやら発作的に自殺を企んだわけではなく、周到な計画があるらしい。

 明確に説明すること無く、登場人物の行動の端々や、台詞の断片から、少しずつ状況が明かされていくという演出が素晴らしいデス。邦画なら絶対、どこかで説明セリフが入って、何もかも言葉で説明してしまうところでしょうが、本作にはそのような要らぬ親切はありません。
 開示された事実を少しずつ組み合わせながら、観ている側に状況を把握する努力が求められる。ミステリ好きには堪らない演出ですね(疲れた頭で観るとちょっとキビシいかも)。

 その頃、サムの立つビルの向かい側では、実業家(エド・ハリス)が投資家を集めて出資説明会を開こうとしていた。
 次第にサムが何を企んでいるのかが判ってきます。場所も闇雲に選んだわけではない。自殺騒動を見物する野次馬で周囲に交通渋滞が発生することも計算の上。そして警察の説得担当者を指名したことや、事前に部屋の中の指紋をふき取り身元確認を遅らせたことも、時間を稼ぐための計画であると判る。
 やがて墓地で殴り合いになった弟が、エド・ハリスのいるビルの屋上に現れる。隠し持った無線機で連絡を取り合い、周囲の耳目を自分に集めて、弟がビルに侵入しやすくしてやる。

 このあたりで本作は、実は泥棒映画であることが明らかになります。
 墓地での弟との喧嘩もすべて芝居。何もかもサムを脱獄させる為に仕組んだことだったのだ。
 警報装置を解除し、監視カメラを誤魔化し、エド・ハリスのいるオフィスに向かって侵入していく弟とそのガールフレンド。
 段取りそれ自体に、目新しいものはありませんが、手順がしっかりしており、丁寧な演出で観ていて飽きません。弟ジェイミーの手つきがちょっと素人ぽいのも、ハラハラする要素になっています。彼らはプロの強盗では無いのだと云うのが、行動から判ります。
 何か止むに止まれぬ事情があって、素人が決死の覚悟で強盗を行っているらしい。
 このあたりは、弟よりも一緒に行動しているガールフレンド(ジェネシス・ロドリゲス)の方が肝が据わっていると云う描写が微笑ましい。予想外に設置されていた監視カメラへの対応とか、弟よりも頭が回って頼りになる。
 ナイスバディなお姉さんがピッタリしたボディスーツ着用でエアダクトの中を這って進んでいったり、ロープ一本で天井から宙吊りになるなど、どこかで見たシチュエーションですが、応用が巧いですね。

 ようやく警察がサムの身元を特定し、彼の罪状が明らかになる。それはエド・ハリスが所有していた三〇億円相当のダイヤモンドを強奪した罪だった。
 実は、エドは事業で失敗しかけたところを、盗まれたダイヤに掛けていた保険金で窮地を脱していたことが明らかにされる。世間ではサムが強奪したことになっているが、サムはそれが嘘であると知っている。
 すべてはエドの狂言だったのだ。ダイヤ強奪の濡れ衣を自分に着せて保険金をせしめたが、ダイヤは自分で秘匿しているに違いない。
 ならば身の潔白を証明する方法はただ一つ。厳重なエドの金庫室から「盗まれた筈のダイヤ」を盗み出し、これを公表するしかない。

 かくして脱獄、自殺騒動、金庫室への侵入というすべての行動の理由が明らかになる。
 しかし種明かしされたからと云って、詰まらなくなるわけでは決してないのが巧いところです。果たして金庫室への侵入は成功するのか、事態は予断を許さない。
 そしてまたサムに強盗の濡れ衣を着せた陰謀の実行犯も不明なまま。どう考えても警察内部に、エド・ハリスと通じている裏切り者がいる筈だ。それは誰なのか。
 自分の身を案じている(ように見える)相棒マッキー刑事は果たして潔白なのか。
 女性刑事エリザベスは説得を続けながらも、サムの言葉から警察の内部監査の調査結果を洗い直し、真相に迫っていく。

 物語は二転三転、ダイヤを奪い、奪い返され、裏切り者が明らかになり、ただの野次馬だった群衆や、興味本位のマスコミ・レポーターまで巻き込んで思わぬ方向に転がっていきます。実にスリリング且つ面白いです。
 その中で、サムを応援してくれるホテルのルームサービス係員が、ウィリアム・サドラーなのですが、彼の意外な正体というのもラストで判明し、思わず「ヤラレタ!」と脱力してしまいました。
 よく考えられた脚本と、優秀な俳優が揃えば、地味な映画もここまで面白くなると云う証明をみた想いです。本年ベストの一本と云っても過言ではありますまい。




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