2012年7月31日火曜日

アウンサンスーチー/ひき裂かれた愛

(The Lady)

 リュック・ベッソン監督がアウンサンスーチーの伝記映画を撮るというのが意外な感じがしました。最近は3Dアニメ「アーサーとミニモイたち」シリーズとか、『アデル/ファラオと復活の秘薬』(2010年)なんかを撮ってましたが、久しぶりのシリアス作品ですね。
 リュック・ベッソン監督作品なので、当然のように音楽はエリック・セラです。

 近年、伝記映画が妙に増えているような。やはり実話に基づく物語は強いんですかね。
 本作も「真実に基づく物語である」と但し書きが表示されます。
 フランス映画ですが、フランス語は無しです。物語はイギリスとビルマを交互に行きつ戻りつするので、劇中ではビルマ語と英語が話されています(当然か)。

 主役のスーチー女史を演じるのはミシェル・ヨー。最近の伝記映画はどれも主演俳優が本人そっくりに演じておりますが、本作もまた非常によく似せています。劇中でミシェルが話すビルマ語も非常に流暢です。話し方や仕草を研究し尽くしたというのも納得の演技です。
 旦那さんのアリス氏を演じるのはデヴィット・シューリス。『戦火の馬』(2011年)にも地主のライオンズ役で出演しておりましたね。
 実はアリス氏は双子の兄弟であり、旦那さんのマイケルはもちろん、その兄のアンソニー・アリス氏もデヴィット・シューリスの一人二役になっています。もうイマドキは双子の兄弟が会話するシーンも、代役を立てながらカット割を編集したりしないのですね。もう実にナチュラルに同じ顔が二つ並んで会話を交わしています。ビミョーな演じ分けが巧いです。

 冒頭、幼い少女に父親が語る祖国の歴史が美しくも哀しい。美しく豊かだった国も、植民地支配によって荒れ果て、見る影もない。
 この父と娘がアウンサン将軍とその愛娘スーチー。
 アウンサン将軍はイギリス連邦からの独立を求めてビルマ独立義勇軍を率いて戦った──日本軍と共に──「ビルマ建国の父」とも呼ばれる英雄だそうで、本作でも新政府樹立に向けて準備している様子が冒頭に描かれますが、志半ばにして暗殺される。知らせを受けた妻が泣き崩れるが、幼い少女はまだ何も知らずに眠っている……。

 そして軍事独裁政権が誕生。
 ところで、本作に於いてもビルマは当然のように「ビルマ」と発音されております。『ランボー/最後の戦場』(2008年)と同じです。あの国を「ミャンマー」と呼んでいる国は少ないですね。日本もその中のひとつですが。でもそのお陰で、本作ではちょっと日本がクローズアップされる場面があります。
 国名の他にも、軍事政権が変更した名前は一切採用されておりません。首都は「ラングーン」のまま(「ヤンゴン」じゃないヨ)。
 余談ですが、今やヤンゴンですら首都では無いというのが、ちょっと驚きデス。二〇〇六年に首都が移転し、今は内陸の都市「ネピドー」が首都だそうな(存じませんでした)。もっとも、本作では首都移転なんぞドラマから完全にスルーされておりますが。
 もうひとつ余談ついでに──先日のロンドンオリンピック開会式には、あの国は「ミャンマー」で入場してきたので、ちょっと意表を突かれました。もう国際社会から認められたのかしら。今、どういう扱いになっているのでしょうかね。
 二〇一一年以降の民政移管に伴い、急速に民主化が進んでおるそうですが。

 ドラマは主に、八〇年代後半から九〇年代前半までを中心に描かれます。
 まずは九八年の英国オックスフォードから。マイケル・アリス氏が医師から癌の告知を受け、余命五ヶ月と宣告される(いきなりやね)。
 医師からは身辺の整理を勧められるが、アリス氏の家庭はちょと事情が込み入っており、妻は海外に居て連絡を取るのも一苦労という有様。
 云うまでも無く、その妻というのがアウンサンスーチー。

 ドラマは、癌の告知を受けたアリス氏の回想という形式で、十年前まで遡ります。幸福な結婚生活を送っていた一九八八年には、妻はまだ英国在住だった。ビルマの独裁政権が国民を弾圧している海外ニュースが、他人事でしかなかった頃。
 そこへビルマの母親が入院したという報せが入る。看病の為にビルマへの帰国を決意するスーチー女史。
 このまま全てをアリス氏の視点で描くのは無理があるので、回想の形はそのあたりまで。ビルマ帰国後のスーチー女史の行動は、第三者視点で進行していきます。
 帰国したときから既に独裁政権の監視が始まっているというのが不気味です。

 八八年当時、政権には軍事クーデターを起こしたネ・ウィン将軍がずっと居座り続けていたワケですが、やってることが正気の沙汰じゃありませんね。お抱え占い師に行動指針の伺いを立てるなんてのは序の口で、自分のラッキーナンバーが「9」だからと云う理由で、紙幣をすべて九の倍数で発行したという愚行も披露されます。マジですか。おかげで経済は大混乱したそうな。当たり前だ。
 懐かしい実家は、冒頭の少女時代に描かれたまま残っていたが、母は市内の病院に入院を余儀なくされていた。そこで病院へ行ってみると、デモに参加した市民が傷だらけで何人も収容されている。軍事政権の弾圧を目の当たりにしてショックを受けるスーチー女史。
 このあたりの弾圧の様子は、実にエゲツない。兵士達は病院にも乱入し、怪我人だろうと構わず検挙していこうとする。制止しようとした医師すらも、その場で射殺という暴虐ぶり。

 そんな中、大学の講師達を中心にした民主主義運動家が、スーチー女史の帰国を知って実家に押しかけてくる。彼らが要望するのは、選挙への出馬。それまで政治とは無縁の世界に生きてきたが、彼らの切実な思いを知って立候補を決意する。
 妻の後を追いかけるように、アリス氏と二人の息子がビルマに到着する。夫が見た妻の実家は、民主運動家のサロンと化していた。
 夫の献身的な応援もあり、スーチー女史は群衆の前で、初めての演説を行う。

 背景に有名な建築物であるシュエダゴン・パゴダ(寺院)が何度も映ります。実に壮麗な寺院ですが、当然のことに現地でロケは出来なかったそうですから、あれはCGなんでしょうか。
 実際のロケはタイで行われ、スーチー女史の実家もセットで組まれたものだったそうですが、関係者の話では本物と寸分違わぬ作りだったそうな。リュック・ベッソン監督は家の設計図が無いので、Google Earthでスーチー女史の実家の寸法を測ったそうな(凄いなGoogle)。
 そして歴史的なシュエダゴン・パゴダ前広場での、五〇万人の群衆に向けた演説の場面に圧倒されます。どこからがCGなのか判らないのも見事です。背景の寺院は絶対に合成に違いないのに、見分けが付きませんね。

 国民民主連盟(NDL)が結党され、山間部の少数民族の村々を回って支持を訴える場面もあります。多分、カレン族とか、モン族とか、カチン族とかが登場しているのでしょうが、特に字幕で説明されないので、どれがどの部族だか判りません(汗)。
 当初は民主化はとんとん拍子に進むかに描かれますが、そうは行かないことを観ている側は知っているので、なんともやるせないです。
 軍事政権からの圧力は日増しに強くなり、夫と息子は国外退去、遂にスーチー女史は自宅軟禁状態となる。六年間の自宅軟禁の始まりです。

 妻の窮状を救う為に奔走するアリス氏の献身的な行動が感動的です。この夫が居てくれたからこそ、アウンサンスーチーはあそこまで耐えられたというのがよく判ります。
 二人の息子を育て、家事をこなすだけでも並大抵では無い。その上、妻をノーベル平和賞に推薦させる活動まで行うのだから大したものです。選考委員へ提出する資料の量だけでも半端じゃありませんよ。
 本作では、八四年のノーベル平和賞受賞者である南アのツツ大主教もチラリと登場したりします(いや、御本人ではありませぬが)。

 そして遂に一九九一年、アジア人女性初となるノーベル平和賞を授与されるワケですが、当然のことに本人が式典に出席は出来ず、家族が代理で受賞する。
 式典の再現度も非常に高く、代理で受賞した息子のスピーチも感動的です。そしてその息子の声を、軟禁状態の家の中でラジオで聞いて涙を流すスーチー女史。
 BBCって世界中いたるところで放送しているんですねえ。

 本作では、この非道な軟禁状態からの解放には、日本政府の働きかけもあったことが描かれております。日の丸を立てた外交官の車両がアップで映ります。ネイティヴな日本語の台詞もチラリと聞こえたりして、ベッソン監督の実録ドラマへのこだわりが感じられます。
 ただ、アウンサンスーチーの軟禁は、九五年に一旦解除されたものの、その後も断続的に行われたと云うことが説明されません。
 物語はアリス氏の死後──九九年の死去に際して、夫の死に目を看取ることの出来なかったミシェル・ヨーが一人泣き崩れるシーンが印象的です──、時間が二〇〇七年まで一気に飛んでしまいます。いきなり「八年後」と云われましても。
 このとき、仏教僧を中心とした数万人規模の反政府デモが行われ、スーチー女史の実家の前にも僧達が押し寄せてくるのですが、何の説明も無く再び(本当は三回目)軟禁状態になっている。
 この時点で尺も二時間越えですから、いちいち軟禁されたり解除されたりを描いているワケにはいかないのでしょうが、演出としてはちょっと不親切に思われました。

 この〇七年のデモ弾圧の中で、日本人ジャーナリストの長井健司さんが命を落としたりもするのですが、本作はそこまで描かれません。アウンサンスーチーの伝記ですし。仕方ない。
 ラストは自宅前に集結した群衆に向かって、蘭の花を投げるスーチー女史の姿でお終い。
 エンドクレジット前に字幕で「いまだ圧政は続いている」旨の状況が説明されますが、若干尻切れトンボな印象は否めませんです。完全な民主化にはまだ遠いし。

 三回目の自宅軟禁も一〇年に解除され、今年(2012年)アウンサンスーチーは六七歳。やっとノーベル賞授賞のスピーチをオスロで行うそうで、せめてそこまで描ければ一区切り感も付くのでしょうが、制作を遅らせるわけにも行きませんかね。
 いずれアウンサンスーチーの伝記は、また制作されるのでしょう。その時にはあの国が完全に民主化されてから、すべてがハッピーエンドに終わる映画であることを期待したいデス。


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