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2012年6月11日月曜日

星の旅人たち

(THE WAY)

 最後にエミリオ・エステベスをスクリーンで観たのはいつの頃でしたか。『ローテッド・ウェポン1』(1993年)か『ジャッジメントナイト』(同年)くらいか。〈マイティ・ダックス〉シリーズはスルーしちゃってたし、『ミッション:インポッシブル』(1996年)にカメオ出演していたのが最後だったような。
 その後、監督業に転身し、監督と主演をこなした作品が幾つかありますが、全部スルーしておりました。『ボビー』(2006年)も未見デス(汗)。
 本作で、ものすごく久しぶりにエミリオ・エステベスを観られて嬉しいです。十六年ぶりか。ちょっとヒゲ面でしたが。

 もちろん、本作の主演はマーティン・シーンです。相変わらず燻し銀です。『顔のないスパイ』(2011年)にも出演されていましたが、本作の方が製作年は先です(2010年)。何故、公開が遅れちゃったのですかね。こんなに良い映画を。
 エミリオは本作の監督・脚本・製作をこなしておりますが、随所にちらちらと顔も出してくれます。実はマーティン・シーンの息子の役(そのまんまやがな)。
 マーティン・シーンと次男のチャーリー・シーンが共演している作品は何度か観ておりましたが、長男のエミリオと共演しているのを観たのは初めてでした(『ボビー』は観てないの)。妹のレニー・エステベスもチラ見せ登場しており、そのうちエステベス一家総出演の映画でも出来ないものか(マーティンの子供四人が全員俳優というのもスゴイよなあ)。

 本作のマーティンは眼科医の役。息子とは疎遠でもう何年も会っていない。
 医者の父親が息子も医者にしようと無理強いした為に反発されて、息子は家出同然に出て行ってしまった──と云うのは、よくきくハナシではあります。息子は「世界を見たい」と云い残して、旅に出てしまったのだった。最後の便りではフランスにいるらしいが、何をしているのやら。
 ある日、突然フランスから電話が入る。それは息子の事故死を告げる現地警察からの連絡だった。

 現地に飛んで事情を聞くと、息子はサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからキリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼の度に旅に出るつもりだったのだと云う。しかし運悪く出発した初日に嵐に遭い、ピレネー山中で遭難したのだった。息子は何を考え巡礼に臨んだのだろうか。
 多くの者が「自分探しの旅」として巡礼に出るという台詞もあります。個人的には、大の男が四〇過ぎてなお「自分探し」というのも如何なものかと思ってしまうのですが……。
 どうも息子は、旅すること自体が人生だった節もあります。
 マーティンは息子を弔い、火葬に付した後、その遺灰と共に自分が代わりに巡礼の旅に出ることを決意する。
 サンティアゴ・デ・コンポステーラまで八〇〇キロ。徒歩の巡礼では優に二ヶ月はかかる。

 目的地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラはよく存じませんでした(TVの旅番組か何かで聞いたことがあったかなあと云う程度で)。
 「コンポステーラ」とは「星の平原」の意だそうで、邦題はそこから付けられているわけですね。単刀直入な原題よりはロマンチックです。
 ここには十二使徒最後の殉教者、聖ヤコブの遺骸が祭られたサンティアゴ大聖堂があり、ローマ、エルサレムと並ぶカトリック教会の三大巡礼地なのだそうです。今でも世界中から巡礼者が絶えないとか。
 つい最近も『ルルドの泉で』(2009年)と云う、キリスト教巡礼地についての映画を観ましたが、本作もまたなかなか興味深いです。
 ヨーロッパ各地からの巡礼路は幾つかあるようですが、スペイン国内に入ってからの道は、ユネスコの世界遺産に登録されているそうな。「道」が世界遺産になるとは珍しいことですが、日本にも熊野古道などが「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産登録されておりますね。

 最初は息子の遺灰と共に歩む孤独な旅だったが(要所要所で少しずつ散骨して行く)、次第に他の巡礼者達と顔見知りになり、無愛想で頑なだったマーティンにも次第に変化が訪れる。
 旅の道連れになる面々も個性豊かな連中ばかり。巡礼の目的もまた様々。
 メタボ対策と称する陽気なオランダ人(でもグルメな大食漢)。
 禁煙を誓うヘビースモーカーのフランス人(DV亭主との離婚歴あり)。
 スランプで煮詰まったアイルランド人作家(でも異様にハイテンション)。

 本作は序盤を除いてほぼ全編、スペイン北部ガリシア地方を歩き続けるロードムービーとなっています。オープニングの空撮した風景や、巡礼達の背景となる牧歌的な景色が実に美しいです。
 また何基もの風力発電のプロペラが林立している光景はなかなか壮大です(スペインは欧州で最も風力発電に熱心だそうな)。

 二ヶ月もかかる旅である以上、巡礼路上には数々の巡礼相手の宿屋が開業しており、随所で巡礼用のパスポートにスタンプを押してくれる。巡礼が終わると丁度スタンプで一杯になったパスポートが一冊、出来上がる。まるでお遍路さんのようです。
 最初にマーティンに巡礼のことを教えてくれた警部さんは既にこれを二冊持っている(往路と帰路を歩き通したので)。「生きているうちにもう一度、行きたい」とも云っておられました。巡礼の旅にはリピーターも多いようです。

 ストーリーには、欧州各国からやってくる巡礼達のお国柄ネタや、巡礼路であるスペインの御当地ネタが散りばめられていて興味深いです。
 例えば、ピレネーを越えたところで、宿場を見つけて泊まろうとしたときのエピソード。慣れないマーティンが「スペインは初めてなんで」と云ったら、宿屋の女将に「ここはスペインじゃない」と云い返される。
 地元の人からすれば「ここはバスク共和国よ」だそうで。独立志向の強い地方であることを改めて確認いたしました。劇中の台詞は英語、フランス語、スペイン語の他にバスク語なんかも混じっているように見受けられました。

 他にも、フランス人の巡礼者とスペイン人の宿屋の親父では、歴史認識が異なると云うのも、なかなか興味深い描写でした。
 各国巡礼者が集う宿屋のテーブルで歴史談義になって、シャルルマーニュ(カール大帝)は英雄か否かという話題になるのが笑えます。
 宿屋の親父はシャルルマーニュは極悪非道の虐殺者だと云い、巡礼の若者は騎士の鑑であると云う。意見が衝突しても喧嘩にならないのがいいです。

 巡礼経路の途中の街々は、牛追い祭りで有名なパンプローナあり、英雄エル・シドで有名なブルゴスありと、一種の観光ムービーにもなっています。背景には各地の由緒ある修道院や教会も観られ、歴史好きな方にもオススメ出来ます。
 ブルゴスでエル・シドの墓をめぐる会話が笑えました。

 「エル・シドの墓だよ」
 「誰だって?」
 「アメリカ人なのに知らないのか。チャールトン・ヘストンだよ!」

 それは年輩の映画ファンでないと判らないネタなのでは(笑)。

 大抵の巡礼は目的地サンティアゴ・デ・コンポステーラが旅の終わりになりますが、マーティンは道中で知り合ったジプシーから「残った息子さんの遺灰を撒くなら、ムシーアまで行きなさい」と助言を得ていたのだった。だからマーティンはサンティアゴで巡礼証明書をもらっても(息子名義というのが泣かせる)、旅を止めずに歩き続ける。つき合いの良い仲間も付いてきてくれる。
 更に西へ行くこと三〇キロ。遂に到達した本当に道の果つるムシーアの海岸。この先は大西洋の荒波が広がるばかり。まさに終点という風景です。
 荒波を前に、残った遺灰を散骨するマーティン。

 ところどころマーティンの回想シーンや、旅の途中で見る幻影として、息子エミリオが顔を出してくれます。
 次第に旅をすること自体が楽しくなっていき、息子を理解していくマーティン。埋められなかった親子の溝が、旅の終わりには解消されるという図もいいです。
 各人各様に感慨深い旅の終わり。巡礼が人生の節目となるのが感じられます。
 そしてマーティンは……。
 息子と一体化したのはいいが、旅の良さに目覚めてしまい、今度は自分がバックパッカーとなり、世界をめぐる旅に出てしまう。

 ラストシーンは短いですが、インドの雑踏の中を歩いていくマーティンの姿です。このときのマーティンは実に生き生きとしていて、本編中で一番良い表情をしています。若返っているようにさえ見えます。
 死後ではあるが、息子との溝を埋め、息子を理解できた父親の姿がそこにはあった──というワケで、実に後味さわやかなロードムービーでした。
 でも先生、本職の眼科医の仕事はどうしちゃったんですかね(もう引退しちゃったのか)。




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