2012年6月26日火曜日

ブラック・ブレッド

(Pa Negre)

 二〇一一年のゴヤ賞(スペイン最高の映画賞)で、作品賞をはじめ計九部門で受賞しまくりと云うミステリー映画です。
 監督はアグスティ・ビジャロンガ。スペインのデビッド・リンチと称される鬼才だそうですが、存じませんでした。しかしその力量は本作だけで充分判ります。実に重厚かつダークな社会派ミステリ映画でした。でも作風はリンチとはあまり似てなさそうな……。
 エミリ・タシドールによる同名小説が原作だそうですが、相当ボリュームのある長編小説なので、独自の展開や省略された部分もあるそうです。

 本作は一九四〇年代のスペインのカタルーニャ地方を舞台としたミステリであり、スペイン映画なので、当然のことに台詞はスペイン語だと思っておりました。でも実は、カタルーニャ語なのだそうです。
 聴いただけではサッパリですが、カタルーニャ語は内戦時代後の四〇年間にわたり使用を禁止されてた言語だったとか(バスク語なども同様)。何となくスペイン語に似た感じではありますが、スペイン語(カスティーリャ語)とはビミョーに異なるそうな(方言とも少し違うらしい)。
 背景が地方言語の弾圧されていた時代だったので、一般民衆はカタルーニャ語を喋り、官憲等は公的言語としてのスペイン語を話すという描き分けだったようですが、私にそのような区別を聞き取るヒアリング能力はありませんデス(汗)。
 しかしスペイン映画としては、カタルーニャ語の作品がアカデミー賞(第84回・2012年)外国語映画部門のスペイン代表にも選ばれたと云うのは画期的なことらしいです(しかし残念ながら最終的なノミネート作五本の中には入ることは出来ませんでしたが)。

 スペインの内戦時代と云うと、ギレルモ・デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』(2006年)が思い浮かびますが、本作の時代はその少し後、内戦終結後なので特に兵隊さんは登場しません。戦闘シーンもなし。
 特に明示はされませんが、内戦終結後のフランコ独裁政権が始まった頃という設定のようです。多分、スペインの人は本作を観ると、説明抜きにピンとくるところが多々あるのでしょうが、日本人には今ひとつ……。

 ただ、世相の暗い、貧困の支配した時代だった、という点はひしひしと感じられます。
 その「貧困」を象徴するキーワードが「黒パン(ブラック・ブレッド)」と云うワケで、普通の小麦を使用した白パンは富裕層が食するものとして区別されていたという描写があります。社会的階級によって食べるパンの色が異なるとは。
 原題の “pa negre” はカタルーニャ語で云う「黒パン」(スペイン語だと “pan negro”)。
 黒いパンには、小麦以外の大麦、トウモロコシ、その他の穀物が混ぜられており、堅くて食べにくかったそうな。
 このあたりは昔、見ていた世界名作アニメ『アルプスの少女ハイジ』でも、ハイジが「ペーターのお祖母さんに白パンをお土産に持って帰りたい」と云っていた台詞もありまして、私にも判りますぞ。確かに劇中で見られる黒パンは堅くて不味そうで、老人には食べづらいものだったことでしょう。
 この黒パンは、ライ麦パンとはまた違うものか。ライ麦パンも黒パンと称したと思いましたが、あっちは健康食品というイメージもあるので、本作の黒パンとはまた異なるようで。

 本作は、そのような暗い時代のカタルーニャ地方の、郊外のとある森の中で起きた殺人事件と、それに関わってしまった少年の物語です。
 冒頭、鬱蒼とした森の中を行く荷馬車を、何者かが襲うショッキングな場面から始まります。不意を突き、馬車を曳いていた男を撲殺した人物は顔をフードで隠しており、正体は判らない。
 しかし馬車の荷台には殺された男の幼い息子が乗っており、犯行の一部始終を目撃していたのだった。
 だが幼い少年は逃げ出すことも出来ず、隠れているうちに、謎の襲撃者は撲殺した男を馬車に乗せ、馬と荷台もろともに絶壁の上から突き落とす。幼い目撃者もそのまま転落。
 無論、高い崖から転落して助かることは無かったが、たまたま馬車の転落を目撃していた少年アンドレウ(フランセスク・コロメール)が現場に駆けつけ、息絶える前の少年から謎の言葉を聞き取る。只一言、「ピトルリウア」と。

 〈ピトルリウア〉とは、森の洞窟に潜むと云う羽を生やした怪物──鳥のような怪物なのか──のことだが、アンドレウの父ファリオル(ロジェール・カサマジョール)はこれを一笑に付す。
 観ている側としても、殺人犯が怪物では無いことだけは判っているわけで、何故あの犯人がそのように呼ばれたのか判りません。どこにそんな連想をさせるような接点があったのか。
 その上、父親はアンドレウが事件を通報したことが気に食わないようで、「余計なことを」と渋い顔をする。死んだ親子──ディオニスと息子のクレット──は、アンドレウ一家とも懇意にしていた家族なのに、父の冷たい態度の裏には何かあるのだろうか。
 他の村人達も「因果応報だ」と冷めた態度。

 実はアンドレウの父は地元の組合活動のメンバーであり、反政府的左翼活動家は当局から目を付けられていたのだった(独裁政権下でもありますし)。案の定、警察は事件を殺人と断定し、アンドレウの父を第一容疑者として挙げる。
 大して捜査もせず、事故ではなさそうだから殺人で、被害者と面識のある左翼活動家が犯人に違いないという論法が強引です。
 おかげで父は姿を消さねばならなくなり──山を越えてフランスに逃亡する──、その所為で母親の工場勤めも厳しくなって、アンドレウは祖母の家にしばらく引き取られることになる。

 大人の難しい事情に振り回されて、馴染みのない祖母の家で暮らすこととなり、あまり面識のない親戚の子等と学校へ通うアンドレウ。子供同士だからすぐに仲良くなるだろうなんて、大人の安易な幻想ですねえ。
 子供達の間にもギスギスした人間関係があるというのが実にシビアです。大人よりストレートである分、こちらの方が厄介か。
 従姉のヌリアは内戦時に手榴弾で右手首から先を吹き飛ばされており、それを容赦なくからかいの対象にされている。但し、云われる側も黙っているわけではない。実にタフです。

 物語は殺人事件にまつわるミステリーですが、背景に描かれる子供目線の社会の描写も生々しいです。
 年頃のヌリアは学校では先生から贔屓されていると妬まれているが、実は小児性愛者の教師と関係を持っているからで、ヌリアの方も学校での特権的立場を維持する為だと割り切っている。
 まだ幼い少女が冷めた目で性を語り、アンドレウにも「教えてあげる」などと誘いをかけてくる(ギリギリだなぁ)。
 この子役達の演技が達者です。
 おまけにヌリアは死に取り憑かれており、「街に火をつけて焼き払い、どこか遠くへ行きたい」などと口走る。精神的に病んだ、エロスとタナトスが同居している美少女が実に危うい。

 姿を隠したアンドレウの父は、そのまま戻ってこないのかと思いきや、実は密かに村に戻ってきて活動を続けており、遂に警察に逮捕される。父は自分を赦免させる為に、妻と息子に町の有力者マヌンベス氏を訪ねるように云い残す。
 富裕層であるマヌンベス夫妻には子供がおらず、アンドレウはすっかり気に入られ、白パンまで御馳走になる。少年が白パンを食べている間に、大人同士でどのような話が交わされたのか定かでは無いのがもどかしくもあり、謎めいています。
 どうも子供には云えない秘密が色々とあるようです。昔、父と母をめぐって三角関係だった町長の横恋慕も見苦しい。更に、活動家である父が裕福なマヌンベス氏と知り合いであると云うのも訝しい。

 やがて少しずつ明らかになっていく秘密。
 母の死んだ兄、マルセルとは何者か。かつて村を追放され、山の中の洞窟に暮らしていたと云う。まるで〈ピトルリウア〉のようであるが、マルセルの死の真相は何だったのか。
 そもそも何故、マルセルは村から追放されたのか。マヌンベス氏はこれにどう関わっているのか。そしてマルセルの死に、アンドレウの父ファリオルが関与していたのか。
 冒頭に山中で殺されたディオニス親子は、アンドレウ一家とも懇意にしていた家族だが、遺されたディオニスの奥さんがアンドレウの両親を激しく非難するのは何故か。
 父ファリオルと死んだディオニスは、マルセルに何をしたのか。

 アンドレウが山中の洞窟で幻視する「事件の真相」という場面も幻想的かつショッキングです。ちょっとエゲツない場面にはボカシもかかります。
 結局、大人は皆、嘘つきであると云う事実が明らかになるワケですが(誰も彼もが少しずつ嘘をついている)、しかし騙す為に嘘をついているのでは無いと云うのが哀しいところです。愛するが故に非道に手を染め、それを糊塗する。
 父の嘘も、家族の為であるというのが一層哀しい。すべては貧困が生んだ悲劇なのか。
 そして全てを知った上でアンドレウが下す決断もまた哀しい。歪んだ社会が、年端もいかない少年を強引に大人にしてしまうのがやるせない。少年の大きな瞳が実に印象的でした。願わくば、歪んだ大人にだけはなってもらいたくないものです(無理かも)。

 すべての経緯が明らかになる終盤になると、最初の〈ピトルリウア〉の謎が忘れ去られてしまった感がありますが──もはやそんな謎解きしている段階ではない──、よく考えると「鳥」が伏線だったのかと思い当たります。本作は随所に「鳥」に言及する場面が登場しますし。
 「鳥のような怪物」が〈ピトルリウア〉なのだとすると、犯人と鳥の関係を考えれば、何となく納得できます。でも第一発見者はアンドレウ少年なのだし、死に際のクレット少年も、もっとズバッと云ってやっても良かったのでは……。
 何より、殺人事件の捜査では、警察の対応が誠にいい加減で、適当に政治犯を逮捕して容疑を着せただけなのかと思われましたが、実はそれで概ね正しかったというのが一番癪に障ります。




▲ PAGE TOP へ

ランキングに参加中です。お気に召されたならひとつ、応援クリックをお願いいたします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

ランキングに参加中です。お気に召されたなら、ひとつ応援クリックをお願いいたします(↓)。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村