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2012年6月25日月曜日

ベルフラワー

(BELLFLOWER)

 ──何者もヒューマンガス様には逆らえない。 by 偉大なるヒューマンガス様。
 これが映画の名台詞だったとは知らなんだ。改めて聞くと、何やら名言のように思えなくもないけれど……でもコレ、自分で云ってるだけだしなぁ。

 さて、この「偉大なる」と自称しちゃうヒューマンガス様とは何者か。メル・ギブソン主演のSFバイオレンス・アクション映画『マッドマックス2』(1981年)に登場した、世紀末暴走族メデューサ団の首領のことです。半裸のマッチョ野郎で、鉄仮面を被って素顔を隠した悪の首領。と云うか、怪人ですね。
 本作は、このヒューマンガスを崇拝し、世界が滅亡しないかなぁと夢想する男達が織りなす青春ドラマです。いや、青春と呼ぶには少し歳を食いすぎか。特にSFではありません。
 バイオレンス映画に憧れ、実際にやってみたいと云う願望を抱くのは判ります。
 火炎放射器を作ってみたい。戦闘用改造車両で公道を走りたい。うんうん。

 ここで「V8インターセプター(ブラック・パーシュート・スペシャル)を造ろう」とはならず、「七二年型ビュイック・スカイラークを改造しちゃおう」となるのは仕方ないか。メルギブではなくて、ヒューマンガスのファンですし。車体にデカデカと〈メデューサ〉と描いたイカすマシンです。
 もう中二病ボンクラ男子の夢と云っても過言ではない。
 若造なら脳内で妄想を炸裂させるだけですが、いい歳こいてまだ卒業できないでいると、本当に実現化できてしまうと云うのが恐ろしい。

 さて、本作は監督自らの失恋経験を基にしていると云われております。
 女に裏切られた悔しさを原動力に、監督、脚本、制作、編集、主演をすべてこなし、撮影用の改造カメラまで作り、人生のすべてを賭けて完成させた執念の映画が本作であるそうで、確かに映像には異様な迫力を感じました。
 モチーフがマニアックではありますが、凝った色調、幻想的な映像、虚構と現実が交錯する計算された編集が見事であることは疑いありません。本作が処女作というのも凄い。
 サンダンス映画祭での賛否両論の大反響というのも、よく判ります。

 主人公ウッドローが監督の分身。演じているのもエヴァン・グローデル監督本人。
 その親友エイデン役がタイラー・ドーソン。その他、ジェシー・ワイズマン、レベッカ・ブランデス、ヴィンセント・グラショーと云った方が共演しておりますが……。まったく無名の俳優さんばかりですねえ(汗)。

 ウッドローとエイデンは親友同士であり、共に『マッドマックス2』に描かれた世紀末的世界に憧れ、火炎放射器を製作したり、戦闘用改造車作りに明け暮れている。実にマニアックです。
 しかも手作りとは云え、かなり本格的で、火炎放射器が吹き出す爆炎は実に強力。もう、いつ文明が崩壊しても大丈夫。

 ところが、そんなウッドローにも恋人が出来る。ちょっと来るのが遅かったが、ラブラブハッピーなリア充生活。だが、それも長くは続かなかった。
 不実な恋人ミリーの浮気に裏切られたウッドローは、怒りと絶望に駆られてバイクで爆走──しようとして交通事故に巻き込まれる。まさに踏んだり蹴ったり。
 これはかなりカッコ悪い上に、実にミジメです。
 医師からは脳に損傷を負ったと云われ、ウッドローは次第に正気を失い、狂気に陥っていく。

 このあたりからウッドローの錯乱がドラマの時系列にも影響し、次第に何がナニやらな状態に。原因と結果が前後する逆転描写。どこまでが現実で、どこからが虚構なのか。すべてが地続き的な描写であるので、境界が曖昧です。
 デヴィット・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』(2001年)を思わせる不条理描写ですが、あそこまで難解ではありませんか。

 不運なウッドローには、親友エイデンの友情は実にありがたい。
 彼だけはウッドローを裏切らない。失意のウッドローを、エイデンの恋人コートニーが慰め、関係を持ってしまっても怒らない。麗しい男同士の友情です。
 過去を清算するべく、ウッドローはエイデンの勧めに従い、恋人ミリーが残していった荷物を彼女の自宅前にブチ撒け、彼女の目の前で火炎放射器で豪快に焼き払う。ざまあみやがれ。
 ミリーの浮気相手の男マイクは、エイデンが半殺しにしてくれた。いや、完全に撲殺か。
 警察に追われることを恐れてエイデンは逃亡。以後、消息は知れない。

 一方、ミリーの方はマイクと浮気したことを後悔しており、ヨリを戻そうとするものの、既に新たな恋人となったコートニーがそれを許さない。しかし二人の女が壮絶なキャットファイトを演じても、もはやウッドローは女に興味を示さない。もう女は信じられない。女なんて下らないぜ。
 泣き崩れるミリーを捨て、コートニーまでも置き去りにして、ウッドローは歩き出す。絶望したコートニーが背後で拳銃自殺しても振り返ることなく歩き続ける。
 親友エイデンもいなくなり、ウッドローに残されたのは火炎放射器と戦闘車両〈メデューサ号〉のみ。
 俺は街を捨てて旅に出るぜ。気に入らないものは全部、灼き尽くしてやる。俺はヒューマンガスになるんだ──。

 でもその前に。
 恋人ミリーが残していった荷物は、焼いてしまおう。
 独り海岸の砂浜で、ダンボール箱に詰めたミリーの私物にライターで火をつけて燃やすウッドロー……って、あれぇ?
 ミリーの残していった私物は、火炎放射器で焼き払ってやったのでは。何故、同じことを異なるシチュエーションで描くのか。
 このあたりで段々と察しが付いてきます。これは現実と妄想を両方、描いているのだと。どちらが現実なのか。

 冷静に考えれば、住宅街で火炎放射器をブッ放すなんてありそうにない。つまりド派手な方が妄想で、独りで女々しく、砂浜でダンボール箱を焼くのが現実でしょう。
 でも人気のない砂浜でなら、火炎放射器を使ってもクレームは来ないだろうに、ショボくれたライターで火をつけるのは何故だ。
 えーと。ひょっとして火炎放射器も妄想ですか。

 そういえば、この火炎放射器を共に作り上げた親友エイデンはどこへ行ってしまったのだ。マイクを半殺しにして、蓄電し、それっきり。
 まさかと思うが、エイデンはウッドローの空想上の友達だったのか?
 だとすると、戦闘車両〈メデューサ号〉も妄想か。最後の仕上げまでやり遂げたのはエイデンだし。
 するとコートニーも空想の産物か。自分にミリーという恋人が出来たので、空想上の相棒にも相応しい相手を作ってあげたのか。

 芋づる式に、ミリーとコートニーの壮絶キャットファイトも妄想か。二人の女が自分を巡って修羅場を演じる。そしてどちらの女もフッてやるのだ。さぞ痛快でしょう。絶望して拳銃自殺までさせてな。
 マイクを叩きのめしたのも、自分ではなくエイデンのしたことだし。叩きのめしたいという願望があっただけか。後半の展開は、何もかもあまりにウッドロー一人に都合が良すぎる。
 すべては中二病的思考を脱却しきれないボンクラ男子の妄想だったのか。では現実に起こった出来事は何か。

 ウッドローがミリーと知り合い、恋人になる。
 ミリーがマイクと浮気する。
 自棄になったウッドローがバイクで事故を起こす。
 退院したウッドローは、自分の部屋に残されていたミリーの私物をダンボールに詰め、海岸に持っていって燃やす。

 これだけ──と云うことになる。
 元々、空想癖がある孤独な男ウッドローは、定職にも就かず、部屋でボーッと『マッドマックス2』を眺めては、火炎放射器を夢想する男だった。ミリーから「仕事はなに?」と訊かれて「火炎放射器を作ってる」と答えたくらいですからね。働けよ。
 火炎放射器も、〈メデューサ号〉も、すべては妄想の産物で、それを作り上げるだけの技能のない自分には、エイデンという優秀な技術者の相棒が必要だったのだ。
 何というやるせない妄想であろうか。

 でもそれならそれで、もうちょっと暴走してくれても良かったように思えます。
 『俺たちに明日はない』とか『テルマ&ルイーズ』並に、破滅に向かって一直線に突き進んでいくような。
 相棒と二人して〈メデューサ号〉をカッ飛ばし、気に入らないものは火炎放射器で焼き払う。街一つ、灰にしてやりながら爆走し、最後は警官隊か、タンクローリーに向かって突撃していく。
 ──と、云うようなラストの方が、妄想とは云え痛快だし、カタルシスが得られる展開だと思うのですが……。

 予算か。予算がなかったのか(泣)。しかしこれではあまりにも切ない。
 そもそも題名の『ベルフラワー』とは、恋人ミリーが住んでいた住所「ベルフラワー通り」に由来しているワケで、甚だ男らしくないタイトルです。実に女々しい。
 あれやこれや考えると、ラストシーンで砂塵を巻き上げ〈メデューサ号〉で孤独に走り去る主人公の姿も、そうしたいと云う単なる格好つけか。やるせない……と云うか、イタイわぁ。

● 余談
 私もまた『マッドマックス2』を愛するボンクラ男子の一人でありますが、キャラクターとして、マックスよりも、ヒューマンガスの方が好きという嗜好は理解出来ん。せめてジャイロ・キャプテン(ブルース・スペンス)にしようよ。
 私は「空から降りてきた男ジャイロ」が大好きだ。V8インターセプターも、火炎放射器も要らんから、世紀末が来たら是非、オートジャイロで(げふんげふん)。


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