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2012年5月7日月曜日

王朝の陰謀/判事ディーと人体発火怪奇事件

(狄仁杰之通天帝国 Detective Dee and the Mystery of the Phantom Flame)

 オランダの作家ロバート・ファン・ヒューリックは中国の歴史に造詣が深く、唐代の中国を舞台にした『ディー判事』シリーズは十数冊に及び、探偵小説として人気が高いのだとか。日本では主にハヤカワのポケットミステリでよく翻訳されておりますが、文庫じゃないし、読んだことなかったです(汗)。
 ファン・ヒューリックはオランダの外交官として日本に赴任したこともあるそうで、江戸川乱歩とも交流があったとか。外交官である傍らで小説の執筆もしていたのか。

 ディー判事は実在の人物で、漢字では「狄 仁傑(てき じんけつ/ディー レンチエ)」と表記し、中国唐代の政治家だったそうな。則天武后の治世において宰相を務めていたとか。
 ファン・ヒューリックはこの狄仁傑を主役にした中国の推理小説(作者不詳)を英訳し、その傍らで自らも狄仁傑を主役にしたオリジナルのミステリを執筆。最初は二次創作だったのか。

 これをツイ・ハーク監督が映画化したのが本作。ストーリーは映画オリジナルのようです。
 主役のディー判事を演じるのは、アンディ・ラウ。
 伝奇的アクション満載なミステリ映画としては、『ジェヴォーダンの獣』(2001年)とか『ヴィドック』(同年)が好きな方なら堪えられぬでしょう。最近の『捜査官X』(2011年)と併せて、傑作中華ミステリ映画としてオススメ出来ます。本作の製作年は二〇一〇年なので、『捜査官X』より先になるわけですね(なんで公開が遅れたのかな)。
 ツイ・ハーク監督作品を観るのは『セブンソード』(2005年)以来です。近年、イマイチな監督作が多かったように見受けられますが、本作は久々に良く出来た傑作と申せましょう。

 時は七世紀(六八九年)。唐代──と云うか、中国史上──初の女帝となる則天武后(カリーナ・ラウ)の即位を目前に控え、都では高さ数百メートルにも及ぶ巨大な弥勒菩薩像〈通天仏〉の建立が進行していた。
 冒頭、いきなりCGで長安の都をスケール大きく見せてくれます。もう歴史大作映画はこうでないと。
 壮大な都、巨大な運河を行き交う大小の帆船、国際的な大都市であることを見せながら、そびえ立つ〈通天仏〉の威容も印象づける。
 七世紀の中国に、スカイツリーも真っ青の巨大高層建築があったという大ウソを堂々とブチかましてくれます。素晴らしいデス。
 背景が実にリアルなので、その中にある〈通天仏〉にも信憑性が生まれます。それにしてもあまりにも巨大なので、ちょっと縮尺間違っていないか心配になるほどです(笑)。

 則天武后の即位式を前に、東ローマ帝国からの使節団が到着し、接待の為に完成間近な〈通天仏〉を視察する。膨大な数の人足を使役し、何とか式典までに完成させようとタイトなスケジュールで工事が進行している中、人足達の間に不穏な噂が広まりつつあった。
 〈通天仏〉の中心を貫く巨大な芯柱には工事中の安全を祈願した護符がベタベタと貼られているが、工事監督がこれを動かしたので祟りがあるのではないかと云うのだ。
 一笑に付した監督だったが、いきなり東ローマ帝国使節の目の前で発火炎上してしまう。
 続いて事件の現場検証を行った官吏もまた、宮中での報告直前に、則天武后の目前で発火炎上して死亡する。彼もまた祟りを信じず、検証中に護符に手を触れていたのだった。

 続発する怪奇事件に宮中には不穏な空気が流れる。女帝誕生には反対する者も多く、事件は女帝反対派の陰謀であるとも囁かれる中、宮中に国師──皇帝の助言者である高僧──の使者である神鹿が出現。神鹿は事件解明にディー・レンチェ判事を指名する託宣を下して消え失せる。
 いきなり人語を解する鹿が登場するので、ちょっとびっくりです(遠隔地にいる国師が鹿の口を借りて喋っているのか)。最近、賢い犬とか、馬とか、ゾウとかが出てくる映画はありましたが、鹿とは意表を突かれました。これも中華的なのか。

 史実では宰相を務めたディー判事も、本作に於いては投獄された囚人として登場です。かつて則天武后をいさめようと諫言したのが原因で投獄されているのですが、獄中にあっても世間の動きを敏感に察知しているあたりがさすがに名探偵。
 しかも頭が切れる上に腕も立つ。やはり中華探偵は推理力と同時にカンフーの達人であることも要求されるようで(アンディ・ラウだしね)。
 事件解明を条件に「特命判事」として釈放されるディーを早速、刺客の一団が襲撃する。このあたりのアクションはさすが香港映画。サモ・ハン・キンポー直伝の華麗なる活劇は眼福です。
 考えてみれば、中国・香港合作映画って、CGは凄いわ、予算は桁違いだわ、アクションは凄いわで、いいとこばかりな感じデス(題材が政治的に不適切でなければ何でも出来るのか)。

 一旦は刺客を退け、捜査を開始するディー判事。
 発火した被害者の遺体を検分し、事件当時の状況を聞き取る中で、どうやら被害者たちは直射日光を浴びたことが原因で発火したことが判る。しかし発火そのものは体内で発生しており、着衣の燃焼よりも、内臓や骨格の損傷の方が著しい。
 この不可能犯罪を解明する為に、判事はある仮説を立てる。
 本作はミステリものですが、伝奇ものでもあるので、犯罪のトリックには意外なものが使われたりします。そもそも人体発火が不可能なのだから、何かしらの仕掛けがそこにあるのだろうと考えておりましたが、いきなり〈火炎虫〉なる架空の昆虫の、架空の毒に言及されたときには、思わず目がテンになりました。

 本作には色々と架空の設定が登場しますが──冒頭から〈通天仏〉なんて巨大建築物を出してくるし──、それなりに筋の通ったルールに則って運用されるので、安直な展開には感じない脚本が巧いです。
 〈火炎虫〉の存在も、可能な限りリアルに描こうとしております(伝奇的にですが)。
 かつて西域に生息し、今は絶滅したとされる昆虫〈火炎虫〉。バーミヤン国書が伝えるところに拠れば、その体内で生成された毒は太陽光線を浴びることで猛烈に燃焼するのだという。黒と赤の毒々しい色をしたデカいダンゴムシみたいな映像が気色悪いデス(笑)。
 唐国内に於いて〈火炎虫〉の飼育が行われた記録をあたり、すべて処分された筈の〈火炎虫〉を何者かが密かに繁殖させているのではないかと疑いを抱いた判事は、手掛かりを追って長安の地下に広がる巨大な暗黒街〈亡者の市〉に赴く。

 長安の地下に、過去の王朝時代の遺跡が地下都市となって広がっており、そこが犯罪者の巣窟になっているという設定。それをまたリアルに映像として見せてくれるので、実に楽しい。
 地下を流れる川に船を浮かべて進んでいく様子は、なんか中華版『オペラ座の怪人』のような趣です。船の船頭はギリシャ神話に登場する「冥府の渡し守カロン」のようでもあり、何か色んなとこからイメージを拝借しているのが見受けられます。
 則天武后の怒りを買って地下に潜伏した先代帝の宮廷侍医を探して情報を得ようとするも、そこにまた刺客の一団が襲来する。

 本作は基本はミステリ映画の筈ですが、実はアクション映画の割合の方が高いのではないかと思えるくらいド派手なアクションが満載です。この地下迷宮で繰り広げられる壮絶なアクション・シークエンスは実に見事です。サモ・ハン渾身のアクション演出。
 しかもディー判事と共に事件を捜査する仲間のキャラが立ちまくりで、これ一作で完結してしまうのが勿体ない。ディー判事の捜査に協力するよう命じられながら、実は監視役だったり、敵か味方かよく判らない人達の寄合所帯な特捜班というのがいいです。
 共演は、ディーの補佐役としてダン・チャオ、武后の側近役のリー・ビンビン、〈通天仏〉造営頭役のレオン・カーフェイ等。
 皆さん、実にアクロバティックなアクションを華麗に決めてくれます。

 壮絶カンフーアクションが一段落し、〈亡者の市〉からからくも脱出したディー判事。
 更に謎を追い続ける判事に、今度は殺人鹿が襲いかかる。鹿が人を襲うのか。さすが中国。
 人を殺すよう訓練された動物に主人公が襲われるというシチュエーションは、今まで色々な映画で何度も目にしましたが、まさかここで「アンディ・ラウが獰猛な鹿の群れに襲われる」などと云うシーンが来るとは思いませんでした。
 なんかもうこの映画、色んな意味で素晴らしいです。

 度重なる刺客襲来の背後に、国師の存在が疑われ始め、その途端に捜査に制限が課せられる。事件の黒幕は実は宮中にいるのではないか。
 則天武后の即位式を目前に控え、果たしてディー判事は事件を解決できるのか。

 事件のトリックが暴かれ、殺人の動機が解明され、遂に真犯人も明らかになる……のですが、まだまだそこから二転も三転もする展開が巧いです。むしろここからがクライマックス。アクションに次ぐアクションの怒濤の展開。
 真犯人の最終的な目標は則天武后の暗殺。それ自体はあまり意外ではありませぬが、暗殺方法が壮大すぎて笑ってしまいました。なんとスペクタクルな。

 結末も見事で、実に痛快なミステリ・アクション映画でした。
 本作の続編も企画進行中であるそうなので、是非とも同一スタッフでお願いします。




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