2011年11月25日金曜日

おじいさんと草原の小学校

(The First Grader)

 これは実話に基づく物語。齢八四歳にして「世界最高齢小学生」のギネス記録に認定されたキマニ・ナンガ・マルゲ老人を描いたイギリス映画です。監督は『ブーリン家の姉妹』のジャスティン・チャドウィック。
 都内の岩波ホールで上映されていた映画が、どういうワケだか近所のシネコンに地方巡業してくれたので観ることが出来ました。文部科学省特別選定と云うことを別にしても、これは良い映画デス。地味な映画なんですけどね。

 アフリカ諸国の歴史に疎い私は、ケニアの独立と云われてもピンと来ません。「マウマウ団」という怪しげな秘密結社のような組織のことを聞いたことがあったような気もするが、忘れておりました。
 しかしこの映画を観れば、ケニアの歩んだ苦難の歴史が多少なりとも判るでしょう。

 私が観た映画の中で、アフリカ諸国を描いた作品と云うと、思い出せるのは……。
 『インビクタス/負けざる者たち』の南アフリカ。『第9地区』もそうですが、あっちはSFだし。
 『ホテル・ルワンダ』のルワンダ。
 『ブラックホーク・ダウン』のソマリア(あまり関係ないか)。
 『コンゴ』は……違うか(どんどん国から離れていく)。
 しかしケニアと云うのはこれが初めてかしら。『ナイロビの蜂』とか『マサイ』とか、色々とケニアが関係した映画は以前にもありましたけども。『少年ケニヤ』は……忘れよう。

 ケニア独立は一九六三年であるが、それに先立つ五〇年代頃から独立を求める闘争はあった。俗に云う「マウマウ団の乱」である。
 冒頭でサラリと字幕解説が付きますが、これが何を意味するかはおいおい判ってきます。
 まず物語は二〇〇三年から幕を開けます。ケニア政府が無償教育の実施に踏み切ったことを、ラジオのDJが興奮して喋っている。
 小学校の入学受付窓口には我が子の出生証明書を持った親達が殺到して大混雑している。いやはや、もの凄い騒ぎ。
 しかし無償化と云われても、実質は制服とか、鉛筆とか、色々と有償で用意しなければならないものもあって、無償なのは授業料だけと云うのがペテンのようです。

 入学希望者の中にひとりの老人の姿があった。これがキマニ・マルゲ(オリヴァー・リトンド)。
 最初は入学を断られる(まぁ、当然か)。
 しかし「制服が必要だ」と云われると、適当な布を見繕って制服(のような服)をデッチ上げ、鉛筆とノートもなけなしの生活費を叩いて購入し、毎日毎日、四キロの道のりを歩いて小学校に通い、門前払いされることを繰り返す。
 何度も断られても、「全国民の教育が無償化されると聞いた」の一点張り。
 その熱意に次第に校長先生(ナオミ・ハリス)の方も打たれ始める。
 実はマルゲには、どうしても自分の力で読みたい手紙があったのである。その手紙には何が書かれているのか……。

 遂に校長の独断で入学が許可され、マルゲは子供達と共に学び始める。
 小学校といっても、年齢的に開きのある子供達をひとつの教室に詰め込んでの授業。キャパを越えた教室には、椅子と机の足りない生徒が通路に座り込みながら授業を受けている。
 耳も遠いし目も弱い老人は最前列。ギャグのような光景ですが、本人はいたって真剣。
 教育を受けたことがないマルゲは文盲だが、熱意だけは誰にも負けない。ここまで勉強熱心な生徒は、先生にとっても理想の生徒でしょう。
 子供達とも次第に年齢差を超えて打ち解けていく。

 子供達とって老人は生きた教科書なのだという描写がいいですね。普通に話していても、子供達にものを教える立場になる。
 実はマルゲにはマウマウ団の一員だったという過去があった。若かりし日の話になると当然、それが語られる。

 「かつてマウマウの戦士達は「ウフラ」の為に戦ったのさ」
 「ウフラってなぁに?」
 「自由だ。フリーダムだ」

 スワヒリ語で「ウフラ」は「自由」。ああ、それは判ります。SF者ですから。『スタートレック』大好きですし(笑)。

 小学校で学ぶ老人の姿と、過去の追憶が交互に語られ、老人の過去──即ちケニア独立闘争の悲惨なエピソード──が明かされていく。
 例えば、マルゲは「鉛筆を削ること」が怖い。それは「尖った鉛筆で拷問された」という過去があるからで……(この場面はあまり思い出したくないデス)。
 他にも愛する妻子を目の前で虐殺されていたり、老人の過去は悲惨極まりない。

 そうこうするうちにマルゲはニュースで取り上げられ有名になるが、父兄の中には老人が小学校に通うことに反対する者もいた。ただでさえ定員オーバーな小学校なのだから、親にしてみれば老人が子供のチャンスを奪っているように見える。
 教育委員の中にも頭の固い人がいて、老人の就学に反対し続ける。
 興味深いのは、マルゲが「元マウマウ」であると知ると、「キクユ族か」と部族名が出てくる部分ですね。マルゲの方も、教育委員を見て「ヤツらはカレンジン族だ。体制派だ」と反抗心が剥き出しになる。
 どうにも部族対立というのは根深いものがあって、いくら校長が「同じケニア人でしょ」と云っても、双方共に聞く耳持たない。「過去は決して消えない」という老人の言葉が重いです。

 ところでこの映画は、全編にわたって流れるアフリカ音楽がいい感じです。
 この音楽の使い方がなかなか面白い。印象的なのは成人学校での場面。
 物語の途中で、マルゲは「やはり成人だから成人学校に通わせるべきである」という教育省の方針に則り、無理矢理に成人学校に「転校」させられますが、ここで音楽がそれまでの明るい民族音楽から、いきなりビートの効いたラップになってしまう。まぁ、これも黒人音楽の一種でしょうが(笑)。
 音楽からしてまるで別世界。しかもいきなり授業内容もハイレベル。
 ABCを覚えようとしている段階の人間に、いきなり文法を詰め込もうというのが無理。名詞の複数形と云われてもチンプンカンプン。
 早々に成人学校に馴染めず出戻るハメに(当たり前だ)。

 更にまた幾多の困難──たちの悪い妨害工作とか──が待ち受けているのですが、老人の信念と校長の熱意で乗り切っていく。しかしそんなことを続けていくうちに、教育省の指示を聞かない校長は転任となってしまう。
 これを覆すべく子供達が一丸となって親達に抵抗し始める図が素晴らしいですね。
 割とお約束の展開ではありますが、この「子供達の反乱」の場面はちょっとユーモラスです。

 最後には校長も復帰し、万事めでたしとなるのですが、そのあとで出てくるのが例のマルゲが読みたがっていた手紙。とうとうそれが読み上げられる。
 老人の過去が詳らかになり、独立運動の闘士達が辿った過酷な運命が明かされる。それで過去が清算されるわけでも無いのですが、ひとつのケジメではあります。
 「過去は決して消えない。しかし過去から学ぶことは出来る」という言葉は、この老人の口から発せられると盤石の重みがありますな。

 そして遂に二〇〇五年、マルゲは国連で教育の重要性を訴える演説を行うところまでいってしまう。ラストではそのことを報じるDJが喋っている。

 あのマルゲが国連で演説だとよ! もう何が起きても驚かないぜ。そのうちケニア人がアメリカ合衆国の大統領になるかもな。イエス、ウィ、キャンだ! (バラク・オバマの大統領就任は二〇〇九年でしたか)

 エンドクレジットでは本物のマルゲ老人の記念写真も出てきます。小学校で子供たちと並んで撮られたらしい一枚らしい。
 キマニ・ナンガ・マルゲ(1920~2009)。胃癌に冒されて倒れるまで、学習し続けたという。享年九〇歳。文字通りの生涯学習を貫いた人でした。
 劇中で語られる言葉をそのまま実践したわけですね。

 勉強に終わりはない。それは土に埋められるまで続く。


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